こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
データの改ざんや隠蔽といったニュースが後を絶ちません。
中部電力は2026年1月5日、浜岡原子力発電所の再稼働に向けた安全審査に関わる「データ不正問題」を公表しました。
「うちは電力会社じゃないから関係ないな」と思われるかもしれません。
しかし、このケースには、専門性の高い部署を持つあらゆる企業が陥る可能性がある、ガバナンスのポイントが詰まっています。
浜岡原発のデータ不正の概要
浜岡原発のデータ不正を簡単に整理すると、浜岡原発が地震動評価(安全審査)に用いる代表波(地震波)を、中部電力が原子力規制委員会で説明した内容と異なる方法や意図的な方法で選定していた疑いがあるということです。
中部電力は、浜岡原発の再稼働に向けた原子力規制委員会での安全審査の際、「計算条件の異なる20通りの地震波を作り、その平均値に最も近いものを『代表波』として選ぶ」と説明していました。
しかし、実際には、2018年頃以降、まず自分たちにとって都合の良い(過小評価につながるような)波を意図的に選び、その波が「平均」に見えるように、残りの19本の波を選んでセットを作っていたのです。
結果ありきで、データを不正に操作していたということです。
データ不正が明らかになった結果を受け、中部電力の林社長は1月16日、対応に専念するため電気事業連合会の会長職を辞任し、1月20日には静岡県知事らに謝罪しました。
また、原子力規制委員会は、中部電力本店への立ち入り検査や、法的拘束力のある「報告徴収命令」を出す事態となっています。最悪の場合、浜岡原発の設置許可が取り消される可能性すら指摘されています。
中部電力が、この不正なデータと同様のデータを、住民が起こした運転差し止め訴訟の証拠として裁判所に提出していたことも明らかになり、衝撃的です。
「安全性」より「合格」を優先した意識のズレ
このようなデータ不正が起きた最大の原因は、中部電力にて、本来最優先すべき「安全性」に対する意識が欠如し、その代わりに「審査に合格すること」が自己目的化してしまった点にあります。
基準地震動は、原子力発電所などの重要施設が「極めてまれに発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがある」と想定される、敷地ごとに設定される最大の揺れの大きさ(地震動)を指し、耐震設計の基準となるものです。
原発の安全対策の出発点です。
ここを不正に操作すると、建屋や設備の耐震性が十分にあるか、安全性を備えているのかの審査を無意味にしてしまいます。
ビジネスの現場でも、納期やノルマ、あるいは規制当局の許可を得るというプレッシャーの中で、「形式さえ整っていればいい」「バレなければいい」という心理が働くことがあります。
そうした心理に理性が負けると、データ改ざんなど品質不正を招きます。
今回のケースでは、その甘い認識が安全性をないがしろにすることに繋がり、事業の根幹を揺るがす事態を招きました。
なぜ浜岡原発を原発の稼動を再開するにあたり安全審査が必要なのか、審査制度の背後にある「原発の事故から人命と安全の確保」という基本が忘れ去られていたと言わざるを得ません。
東日本大震災をきっかけにした福島第一原発で起きた事故の悲劇を忘れてしまったのでしょうか。
なぜ中部電力のガバナンスは機能しなかったのか
中部電力がデータ不正をしたことは、社内のチェック体制が機能しなかったという意味でガバナンス不全です。
「我が社にはコンプライアンス規程も内部通報制度もあるから大丈夫」と考えている経営者の方は少なくないかもしれません。
しかし、中部電力のように体制を整備している大企業でも不正は防げませんでした。
その原因には、組織論的な背景が考えられます。
「専門性の壁」と「聖域」によるブラックボックス化
原子力部門のような高度に専門的な部署は、社内でも「聖域」になりがちです。
他部署や経営層が「その計算や数値は正しいのか?」と問うても、「専門的なことなので」と言われればそれ以上突っ込めないという「ブラックボックス」化は、高度に専門的な部署では起きがちです。
そもそも説明されたところで理解できないので、他部署や経営層が計算や数値の内容にまで言及することさえないかもしれません。
こうした社内での相互の監視監督が効かない事態は中部電力に限らず、どこの企業でも起きがちです。
中部電力の社内の実態はわかりませんが、仮にそうだったとしたら、そもそも日常業務の中で相互監視が効かない組織風土や、専門部署の「聖域化」こそが、データ不正の温床だったと言える気がします。
現場にかかる過度なプレッシャー
浜岡原発を早期に再稼働することは中部電力の悲願であり、それ故に、経営層からの強い期待があったかもしれません。
今回のデータ不正に限らず、現場の担当者が「正直なデータでは審査に通らない、再稼働が遅れる」と追い詰められたとき、そのプレッシャーから、組織の期待に応えるために不正に手を染めてしまう。
「会社のため」という歪んだ正義感や正当化の方便が、現場の倫理観を麻痺させることは少なくありません。
不正会計やデータ改ざん等品質不正の問題の多くは、そうしたプレッシャーや歪んだ正義感、正当化の方便をきっかけにしています。
もちろん不正に手を染めたのは個人ではありますが、これは個人の責任に転嫁させるだけで済む問題ではありません。
むしろ、経営側が普段から現場にどのようなプレッシャーを与えていたか、そのプレッシャーの程度を把握していたかという経営上のガバナンスの問題として捉えるべきです。
自社のガバナンス体制を見直すきっかけに
今回のデータ不正問題は、他の企業にとって他山の石で済む問題ではなく、「現場が『できない』と言える環境があるか」「専門部署が暴走していないかチェックできているか」を見直すきっかけにできます。
経営者も足元のガバナンスを見直す好例として捉えてほしいと思います。



