こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
2025年11月25日の日経新聞(会員限定記事)で「日本経済新聞と日経リサーチは10月、中堅世代に関する読者調査を実施した。20〜50代に自身の職場で30代が他の世代と比べて足りているか聞いたところ「少し足りない」(35.4%)と「全く足りない」(23.2%)との回答が合わせて58.6%だった。」と、30代の中堅社員が不足している実情が報じられていました。
「30代の人材不足」は、企業の持続性や競争力の確保にとってリスクでしかありません。
こうしたリスクへの向き合い方は、取締役・取締役会が企業価値を向上させるための経営判断であり、ガバナンスでもあります。
今回はこのテーマについて、「人的資本開示」の観点も踏まえながら考えてみます。雑感です。
30代の人材不足は企業のリスク
30代は、社会人としてある程度(大卒なら10年前後)の経験を積んだことで、業務の内容に対する専門性が深まり、社内外のプロジェクトの中核を担う人材として成長が期待される時期です。
良い意味で脂が乗り始めた頃合いと言ってもいいでしょう。
企業組織の持続性や競争力の確保という観点から考えても、30代は、次世代のリーダー候補として、あるいは組織の中核を支えるミドル人材としての役割が求められるようになります。
ところが、この30代の人材が不足している場合、それは、持続性・競争力の確保の観点からリスクです。
より噛み砕くと、次のようなリスクが考えられます。
- 事業承継・ノウハウ伝承のリスク
- 経験豊富なベテラン層から若手層への技術やノウハウの伝承が滞り、企業の競争力の源泉が失われる恐れがあります。
- イノベーション創出の停滞
- 30代が不足すると、組織内の新陳代謝が滞るだけでなく、時代に即した柔軟なアイデアが出て来にくくなり、事業の変革や新規事業創出の推進力が低下してしまいます。
- 組織活力の低下とモチベーション問題
- 組織がピラミッド型に整然としていないと、昇進・昇格の機会が一定の世代より上だけと限定的になり、30代より若い世代の不満が燻り、モチベーションも低下します。
- また、若い世代は、仕事を学ぶためのロールモデルを見つけにくくなったりします。若い世代の離職を招く悪循環に陥る可能性があります。
- 特に、40代以上と20代をつなぐ30代の人材がいないと、社内に価値観の大きなギャップが生まれ、お互いが考えていることがわからなくなり、組織の一体感が欠如していきます。
- 採用競争力の低下
- 採用の場面においても、自社の中堅層が薄いと、学生の目には魅力的な企業としては映らず、結果として、企業が優秀な人材を獲得することが困難になるかもしれません。
- 業務負荷の偏り
- 経験の浅い若手やベテラン層にばかり業務が集中し、過重労働や早期離職の原因となることがあります。
これらのリスクは、企業の短期的な業績だけでなく、中長期的な成長戦略そのものを危うくするものであり、決して看過できません。
株主・投資家にどう開示していくか
2023年1月の「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正によって人的資本開示が義務化された今、企業は30代人材の不足というリスクに対しても、正面から向き合い、「人的資本開示」の中で、戦略的に開示していくことが、株主・投資家からの信頼獲得に繋がります。
実際に、統合報告書や有価証券報告書の中で「従業員の年齢構成の偏り」や「世代交代の円滑化」を課題として挙げ、その具体的な対策(例:中途採用強化、次世代リーダー育成プログラムの実施)を開示している企業は少なくありません。
開示する際のポイントは「課題の認識」「現状の可視化」「目標設定」「具体的な取り組み」です。
課題の認識と重要性の説明
まずは、「人的資本に関する考え方」として、「当社は30代の人材不足を、将来の事業承継、イノベーション創出、組織の活性化における重要なリスクと認識しています」と明確に表明することが大切です。
このように表明することで、企業の持続性や競争力の確保の観点からリスクが存在していることを認識している企業姿勢(短期的な目線ではなく中長期の目線で考えていること)を株主・投資家に伝えることができます。
現状の可視化
次に、現状を客観的なデータで示します。
- 従業員の年齢構成比のグラフや表(全従業員における30代の割合)
- 世代別(30代)の採用数・離職率
- 管理職・リーダー層における30代の割合
これらのデータを可視化することで、30代の人材不足の「程度」感を株主・投資家に伝えることができます。
結果、株主・投資家が「人材不足といっても、他の企業に比べたら多いのではないか」と安心したり、反対に、「人材不足が深刻だ。将来性が心配だ」と企業に課題解決に向けた取り組みを強く要求してくる投資家も現れるかもしれません。中には、会社を見切って売り抜ける株主もいるかもしれません。
目標設定と具体的な取り組み
課題を認識した以上は、その解決に向けた具体的な目標を掲げることは不可欠です。
- 「〇年までに30代の従業員比率を〇〇%に引き上げることを目指します。」
- 「30代の年間離職率を〇年までに〇〇%以下に抑制します。」
- 「次世代リーダー候補となる30代社員の育成数を〇年までに〇〇名に増やす計画です。」
こうして掲げた目標が絵に描いた餅にならないように、具体的に、どのような戦略や施策を実行しているかを詳細に説明します。
- 採用戦略の強化
- 中途採用チャネルの多様化、ダイレクトリクルーティングの導入、リファラル採用制度の拡充など
- 育成・キャリア開発の強化
- 30代向け次世代リーダー育成プログラム、専門スキル研修、メンター制度、キャリアパスの明確化など
- 定着率向上の施策
- 魅力的な報酬体系や評価制度の見直し、柔軟な働き方制度(リモートワーク、フレックスタイム)、福利厚生の充実、エンゲージメント向上施策など
数値目標まで踏み込んでいる企業はまだ少ないかもしれませんが、課題への意識と具体的な行動を示すことが、株主・投資家を安心させるためには重要です。
課題の解決に向けて企業が取り組むべきこと
30代の人材不足という課題は一朝一夕に解決するものではありません。
中長期的な視点に立って取り組むことが必要です。
採用戦略の再構築
30代の中堅社員が不足しているのであれば、新卒一括採用にこだわらず、30代の専門性や経験を評価する中途採用を積極的に行うのが手っ取り早い対策です。
しかしその一方で、中途採用ばかりが増えると、他社で育った人材が多くを占めることになり、その企業独自の企業文化や組織風土が受け継がれないという懸念もあります。
中途採用を一気に増加させるのではなく、少しずつ増やしていくなどの工夫も必要です。
育成とキャリアパスの明確化
30代の社員には、積極的にリーダーシップを発揮する機会を与え、挑戦を奨励する文化を醸成しましょう。
OJTに加え、外部研修や選抜型の育成プログラムを通じて、多様なスキルと視点を身につける機会を提供します。
こうすることで、企業が「あなたに期待している」ことを社員に伝えることができ、社員もモチベーションが高まり、企業に対する忠誠心が高まります。
結果、30代の社員が働きがいを感じ、長く活躍したいと思える環境となれば、定着率も高まります。
定着率の向上
外から30代の人材を確保しても、すぐに辞められては、人材はいつまで経っても不足したままです。
定着率を向上させるためには、公正な評価と適切な報酬、柔軟な働き方の推進、再挑戦を許す職場(挑戦に対する心理的安全性)も必要です。
特に、30代は育児や介護などのライフイベントとも重なるので、仕事との両立ができるように、テレワーク、フレックスタイム、短時間勤務の拡充すること(働き方の多様性確保)は、優秀な人材の離職を防ぎ、新たな人材を引きつける上で不可欠です。
再挑戦を許す職場にすることで、失敗を恐れず、自由に意見を言える心理的に安全な職場環境が作られ、定着率が向上するだけでなく、イノベーションも生まれやすくなります。
データに基づいたPDCAサイクル
人的資本に関する取り組みは、一度やったら終わりではありません。
定期的に従業員エンゲージメントサーベイを実施したり、年齢構成の変化、離職率、研修参加率などのデータを継続的にモニタリングしたりして、施策の効果を検証し、改善していくPDCAサイクルを回すことが重要です。