こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
日本銀行に2026年4月に中途入行した50代の女性職員が10月1日、本採用拒否は内部通報を理由とする不利益取扱いで無効だとして、日銀を相手に地位確認などを求める訴えを東京地裁に起こした、と報じられています。
報道によれば、女性は日銀ネットのマネーロンダリング対策上の不備などを指摘していました。8月27日に本採用拒否を通知され、その後に総裁・副総裁へ通報した4日後、退行と庁舎への立ち入り禁止を書面で命じられた、とされています。
もっとも、現時点の報道は原告側の会見に基づくもので、日銀側の言い分はまだ明らかになっていません。この事案の当否は、裁判の行方を見るほかありません。
同じ金融の世界で、内部通報の後の処遇が争われた事件の判決が、今年確定しています。
あおぞら銀行事件判決(東京高裁2026年1月22日)
あおぞら銀行の行員が、通報後に受けた懲戒処分、降格、配置転換を争った事件です。
東京高裁は2026年1月22日、懲戒処分と降格、それに伴う減給をいずれも無効とし、応接室への3年3か月の隔離をパワーハラスメントと認めて、銀行に慰謝料の支払いを命じました(労働経済判例速報2618号20頁)。請求を全て退けた一審の東京地裁判決を覆した判決です。
公益通報者保護法の改正法が12月1日に施行されるのを前に、この判決から、通報者の処遇で会社が何に気をつけるべきかを見ていきます。
内部通報から4か月半後の懲戒と、3年3か月の応接室勤務
判決が認定した経緯は次のとおりです。
- 2011年10月:保険販売を強化したいあおぞら銀行に誘われ、管理職のファイナンシャルプランナー(FP)として転職
- 2019年7月:1つ上の等級に昇格
- 2020年6月:同僚のFPが顧客の公正証書遺言の存在を相続人に伝えないまま相続手続を進め、上司もそれを放置しているとして、銀行の内部通報窓口に通報
- 通報の数日後:所属部門の本部長が人事部長に、原告の言動を調べて対応するよう依頼
- 2020年10月30日:出勤停止3営業日の懲戒処分。懲戒事由は、2014年の上司へのメールから2020年7月の人事部とのやり取りまで10項目の言動
- 2021年4月1日:2020年度の人事評価が7段階で最低の「1」だったことなどを理由に、管理職から非管理職へ降格(月額の俸給は75万6500円から59万4000円に)。同じ日に人事部附へ配置転換され、本社の応接室で1人、各部署から依頼されたレポートを作る勤務に
- 2024年7月1日:グループ会社への出向により、3年3か月続いた応接室での勤務が終わる
東京地裁は2025年3月、懲戒・降格・配置転換をいずれも有効としました。高裁はこれらを覆し、懲戒・降格・翌年の号俸引き下げによる減給も無効とし、慰謝料を100万円と認めています。判決は2026年8月24日付で確定しました。
報復とは認めないまま、処分を全て無効とした高裁判決
高裁判決は、懲戒処分が通報への報復だったとは認めていません。
「管理職である控訴人の言動として、上司、同僚及び部下の心情への配慮を欠き適切でないものも含まれていたことからすれば、全く根拠がないにもかかわらず、本件内部通報に対する報復目的で本件懲戒処分がされたものとは未だ認められない」
銀行に報復目的があったとまでは認めなかった一方で、懲戒処分も降格も減給も、すべて無効とされました。
なぜ無効とされたのかは、判決の中に具体的に書かれています。
通報の後に持ち出された過去の言動
懲戒事由10項目のうち、最も古いものは通報の6年前、2014年に上司へ「部長として深く考えてください」などと送ったメールでした。2015年の上司へのメール、2017年の支店長らへのメールも含まれています。
これらのメールについて、高裁は、当時の人事評価では、2015年度のコンピテンシー評価は「コミュニケーション」が「3」、目標管理(MBO)の総合評価は「4-」であることを確認したうえで、こう判断しました。
「上記メール送信行為が、当時、被控訴人銀行において懲戒事由に該当するほどに問題があるものとして認識されていたとは認められない」
判決が認定した事実によれば、2019年に原告の昇格を推薦した部長と本部長は、こうした言動を知りながら人事部に報告していませんでした。新しい役割を与えれば行動が変わるかもしれない、と期待しての推薦です。
当時は問題として扱わず、昇格までさせた言動を、通報の後になって懲戒事由に当たると評価し直したことになります。
上司への威圧的な発言とされた2019年の件では、上司がその発言を書き留めた備忘録を作ったのが、発言から1年以上たった2020年7月29日でした。これでは「控訴人の発言を裏付けるに足りない」として、高裁は発言があったこと自体を認めていません。
通報された上司が人事評価を担った
降格の根拠となった2020年度の人事評価についても、高裁は適正ではなかったと判断しています。
銀行の人事評価は、年度の初めに上司と話し合って目標を決め、10月に上司と進み具合を確かめる「中間レビュー」を行い、年度末に目標の達成度を7段階で評価する仕組みでした。
この年、原告の目標を決め、評価を付ける1次評価者だったのは、原告が通報で「放置している」と名指ししたグループ長でした。
目標を決める段階で、原告とグループ長は修正案を何度かやり取りしました。その最後にグループ長は、最も期待する目標として「総合年間プラン」を企画して実行することを書き加え、これを最終版として登録するよう指示しました。「総合年間プラン」は、それまでのどの案にも出てこなかった言葉です。
原告は、何を指すのか分からないので指標を教えてほしいとメールで尋ねましたが、グループ長は答えませんでした。10月の中間レビューも、グループ長を含め上司の誰も行いませんでした。
この間、原告は営業データを分析した資料を少なくとも9種類作り、全営業部店に配っていました。担当FPからは好意的な評価が寄せられ、毎月の会議で報告しても、上司から目標に沿わないと指摘されたことはありません。
それでも年度末、銀行は「総合年間プラン」を作らなかったことなどを理由に、目標を全て未達成とし、最低の「1」を付けました。
高裁は、原告がやや頑なな態度をとっていたことを認めながら、中間レビューを放置したことについて次のように述べています。
「控訴人の上司が誰一人、MBO評価の一連の手続の中で重要な手続である中間レビューを実施せず、放置してよいという正当な理由になるとは認められない」
そのうえで、前年度の評価が「3」だった原告について、業務能力や実績が「格段に低下したと認められる事実があった様子も窺えない」として、「1」という評価を適正とは認めませんでした。
降格の決め方にも問題がありました。
銀行は新人事制度の説明資料で、2年連続で「3-」以下の評価となった場合に降格を検討すると全行員に周知していました。この年の評価1回だけで降格したことは、銀行が「自ら定めて全行員に周知した上記降格の基準に合致しない」とされています。
周囲を守るための配置でも、3年3か月は長すぎた
銀行は人事部附への配置転換について、原告を組織で働く部署に置けば、部下や同僚、上司を非難し、指示にも従わない可能性が高いと判断したと説明していました。
地裁はこの説明を受け入れていました。
原告の周囲が「原告との対応に多大な時間や労力を費やすことを強いられ、困惑し、疲弊させられていたことは想像に難くない」としたうえで、応接室には大きな窓があり、他の行員の執務フロアへの出入りも自由だったことなどから、不当な隔離ではないと判断しています。
高裁は同じ事実を前提にしながら、厚生労働省のパワーハラスメント指針が挙げる「人間関係からの切り離し」と「過小な要求」に照らして判断しています。
「控訴人が、業務中に他の行員と連絡を取り合ったり、打合せをしたりすることは事実上不可能であったといえ、控訴人は、3年3か月間もの長期間にわたり、一人で別室に隔離され、控訴人銀行において、人間関係から切り離されていたものである」
レポートのテーマも、原告がFPとして積んできた経験とはほとんど関係がありませんでした。隔離と合わせて、高裁判決はこれを「退職に追い込むために誰でも遂行可能な業務を与えられた」ものと評価しています。
原告の相談を受けた労働局は、銀行に対し、パワーハラスメントの相談に「事実関係の迅速かつ正確な確認を行っていない」と指導していました。
高裁は、この対応を個々の上司や人事部長の行為ではなく、「被控訴人銀行が、組織として決定したもの」と認め、賠償責任を銀行に負わせています。
原告の周りで疲弊していた管理職
判決の結論だけを見ると、銀行が通報者を一方的に追い詰めた事件に見えるかもしれません。しかし判決が認定した事実には、原告の周りにいた管理職の姿も描かれています。
原告から指導を受けていた若手の行員は、産業医に原告が怖くて物が言えないと訴えて休職し、後に退職しました。
グループ長は、休日も自宅の近くで原告に刺されるのではないかという恐怖を本部長に訴え、その後に面談した産業医から医療機関への紹介状を出されています。着任して2週間の担当部長も、常に原告の顔色をうかがっていると本部長に打ち明けていました。
これらは地裁が認定し、高裁もそのまま引用した事実です。
ただし高裁は、若手行員の訴えを聞いた産業医が、本人の言い分しか聞いていないので事実関係の調査が必要だと留保を付けていたことも書き加えています。
本部長は法廷で、原告の言動が原因で複数のメンタル不調者が出ている状況を深刻と考え、自分の部門だけで対応するのは難しいと判断して人事部に相談したと証言しています。
高裁も、この証言には一定の裏付けがあり、不合理ではないと認めました。
その相談の時期が、原告の内部通報と数日違いで重なりました。
現場の管理職から見れば、通報とは関係なく、以前からの問題に決着をつけようとしただけだったはずです。
しかし外から見ると、通報の直後に過去の言動が集められ、懲戒され、評価が下がり、別室に移されたことになります。
高裁の認定によれば、通報の翌週には、通報された部長が取りまとめた原告の「問題となり得る言動」が、本部長から人事部長にメールで送られていました。
報復の意図がなかったとしても、懲戒も降格も、通報の当事者が集めた材料と付けた評価をもとに決められていました。
そのため、相談のきっかけが部下のメンタル不調だったとしても、裁判ではその材料と評価が1つずつ否定され、処分は無効とされました。
12月施行の改正公益通報者保護法で変わること
改正公益通報者保護法は、2026年12月1日に施行されます。
改正法では、公益通報をした日から1年以内の解雇や懲戒について、公益通報を理由としてされたものと推定する規定が新設されました。
推定されると、会社の側が、通報とは関係のない理由で処分したことを示さなければなりません。
公益通報を理由とする解雇や懲戒には刑事罰も設けられました。報道によれば、行為者は6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人は3000万円以下の罰金の対象になります。
詳しくは、消費者庁の「公益通報ハンドブック」で確認してください。
あおぞら銀行の懲戒処分は、通報から約4か月半後でした。事案は施行前のもので、原告の通報が法律上の「公益通報」に当たるかどうかも判決では判断されていません。
仮に施行後に同じことが起き、通報が公益通報に当たるとすれば、銀行は通報と無関係に懲戒を決めたことを説明しなければなりません。6年前のメールを通報後に持ち出した経緯では、その説明は難しいはずです。
一方、推定と刑事罰の対象は解雇と懲戒に限られ、人事上の降格や配置転換は入っていません。
とはいえ、降格や配置転換はあくまで推定と刑事罰の対象外になるだけで、民事では、高裁判決のように隔離が不法行為とされ損害賠償が認められることはあります。
通報者の処遇で経営陣が確かめておくこと
通報とは関係なく判断したと説明できる人事
通報があった後でも、通報者の言動に問題があれば、会社は指導も処分もできます。あおぞら銀行の事件でも、高裁は原告の言動に配慮を欠くものがあったことを認めています。
問題は、通報とは関係なく判断した人事上の処遇であることを、裁判所や社外に説明できるかどうかです。そのためにまず揃えるべきは、判断の材料です。
判断の材料は、通報の前の記録と評価から集める
通報者の言動を問題にするなら、それが通報の前の時点で、指導の記録や人事評価として残っているかを確かめる必要があります。
当時は指導もせず、評価も下げず、昇格まで推薦した言動を通報の後に蒸し返すと、裁判所は「当時は問題として認識していなかった」と判断します。
あおぞら銀行の事件では、昇格に期待して問題を人事部に伝えなかった上司の判断が、部下への善意だったとしても、通報の後に行った処分の根拠をすべて弱める結果になりました。
裏返せば、言動に問題のある部下がいるときは、その場で指導し、記録に残しておくことが、後で会社を守ることになります。
判断する人から、通報の当事者を外す
材料を確かめても、それを集めて評価するのが通報された上司であれば、外からは報復に見えます。
通報があったら、通報者の人事評価、懲戒の検討、配置の判断から、通報の対象者とその指揮命令系統にある上司を外すことが必要です。
1次評価者を別の管理職に替える、懲戒の事実調査は人事部と法務が通報部門から独立して行う、といった手当てが現実的です。
あおぞら銀行の事件では、通報された部長が原告の言動を取りまとめ、通報されたグループ長が評価を付けていました。中間レビューを誰も実施しなかったのも、関係が悪くなった上司に評価を任せたままだったからです。
配置を変えるなら、期間と見直しの時期を最初に決める
周囲の行員を守るために、通報者を一時的に別の部署へ移すことが必要な場面もあります。その場合は、期間と見直しの時期、担当させる業務の中身を、配置を決める時点で決めておくことが求められます。
ただし、これは通報者が特定されるおそれがあるので非常にリスクある対応です。
あおぞら銀行の事件では、原告がMBOシートに目標を書かなかったことなどを理由に「改善の余地が大きい」として、人事部附のまま留め置かれ続けました。見直しの基準がないまま延長を重ねると、3年3か月はすぐに過ぎます。
通報後1年間の処遇を、監査役に報告させる
ここまでの3つを人事部の中だけで判断していると、途中で誰も止められません。
そこで、通報者に対する通報後1年間の人事上の措置(評価、懲戒、異動、配置)を、内部通報の窓口から監査役(会)や監査等委員会に定期的に報告する運用が効果的です。
改正法の推定期間に合わせて1年とすれば、社内でも説明しやすくなります。
監査役から「なぜこの時期にこの処分なのか」と質問される場があれば、人事部も、判断の材料と判断した人を記録に残すようになります。
日銀の事案がどう判断されるかは、まだ分かりません。
ただ、通報の後に行う人事は、会社に報復の意図がなくても、周りからは報復と受け取られます。12月からは、解雇や懲戒について、法律も通報が理由だと推定します。
通報を受けた時点で、人事の判断に使う材料が通報前の記録か、判断する人に通報の当事者が入っていないかを確かめておくことが、自社を守る備えになる気がします。
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