こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
SAAFホールディングスは2026年6月11日、特別調査委員会の調査報告書(最終報告)を公表しました。元代表取締役社長である前俊守氏らによる、会社財産の私的流用等の疑いを調査したものです。
なお、同社では現在も、前氏と現経営陣との間で経営権をめぐる争いが続いています。
今回のブログ記事は報告書に記載された事実に基づくものであり、その争いの当否を論じるものではありません。
調査委員会は前氏について、同社で5件88万2729円、100%子会社である株式会社サムシングで7件69万4229円の経費の私的流用を認定しました。親族との会食やゴルフ、沖縄のリゾートホテルでの親族との飲食やレジャー、私的な旅行の往復に使ったハイヤー代などです。
これとは別に、事前の稟議申請がない、参加者の記載が不十分といった社内手続上の不備がある経費使用として、同社337件約2548万円、サムシング576件約3207万円が認定されています。
報告書が検証しているのは、前氏らの経費の使い方だけではありません。
この事案が表に出た後の同社の対応と、それを許していた内部管理体制についても、相当の分量が割かれています。
事案が表に出たきっかけは、監査役に届いた匿名の書面でした。
内部告発が届いてからの3週間
同社の常勤監査役らは2025年3月下旬から4月上旬にかけて、前氏らによる交際費等の私的流用の疑いなどを指摘する、匿名の内部告発書面3通を郵送で受け取りました。
同社の監査役会は、常勤監査役1名と非常勤監査役2名で構成されています。常勤監査役である西山靖氏の主導で、4月2日頃から24日まで調査が行われました。
4月25日には、取締役と監査役が参加する報告会が開かれます。利害関係のある前氏らは参加していません。
この場で監査役会は、出席した取締役に対し、前氏の代表権の即時返上、経営責任を明確にするための取締役辞任の検討、特別調査委員会の設置による徹底した調査を求めました。
社外取締役の塚本勲氏は、公私混同のない公明正大な経営が前氏に期待できない以上、代表取締役の継続には反対であるとの意見を述べています。
果たして、前氏は自身の処遇を他の取締役に委ねると発言し、4月30日に代表取締役の辞任届を提出しました。
調査を委任する弁護士についても、前氏から推薦の申出がありましたが、しかし、取締役会は調査の独立性を確保するためとしてこれを断り、弁護士の選定を西山氏に委ねています。
調査結果を取締役に報告してから5日で、創業者である社長の代表権を返上させ、弁護士の人選でも社長の意向を退けました。
この初動だけを見れば、監査役会は機能しています。
しかし、調査委員会が検証したのは、告発を受けた後の対応だけではありません。
前氏の経費処理について、それ以前に監査役が何を把握し、どう対応していたのかにも遡って調べています。
そこで確認されたのが、匿名の書面が届く3年前に、監査役が同じ問題をすでに見つけていたという事実です。
監査役が社長に渡したのは、自分の監査調書だった
監査調書に書かれていたこと
100%子会社のサムシングでは、従前から役員も従業員も交際費の使用が多い傾向にありました。
そのため、コロナ禍や業績の悪化を受けて、管理本部長名で交際費の使用を制限する通達も何度か出されていました。
とはいえ、これらの通達には、役員を対象外とする文言がないにもかかわらず、実際には役員に適用されていませんでした。
同社の社外監査役で、当時はサムシングの監査役も務めていた岡田憲治氏は2022年3月、役員による公私混同を防ぐ観点から、サムシングの取締役とブロック長の交際費の使用状況を確認しました。
その結果を監査調書にまとめ、サムシングの会長であった前氏に提出したのです。
前氏について指摘されていたのは、仮払金に未精算分があること、経費精算の際に領収書の提出しかなく、参加者の氏名や社内外の区別が記載されていないことです。
そのうえで、不正防止の観点から事前の申請書だけでなく事後の明細書記載も必要であること、未精算分を速やかに精算することを求めていました。
あわせて岡田氏は、サムシングの経理部長に対し、前氏の経費を厳格に確認するよう指示しました。
この2022年3月時点の対応について、調査委員会は、問題があったとまではいえない、と評価しています。
監査調書は監査役個人の記録にすぎない
とはいえ、監査調書は、監査役が自分の監査の過程と結果を残すために作る記録です。監査役個人の手元にある作業記録であって、会社の機関に向けた報告ではありません。
監査役が自分の判断を会社に届ける手段は、監査役会での協議、取締役会への報告、監査報告書です。
前氏本人に渡した監査調書も、経理部長への指示も、そのいずれにもあたりません。
1年後の指示は口頭にとどまった
その約1年後、岡田氏はサムシングの経理部長に、前氏の経費の明細が適切に記載されているかを確認したところ、依然として記載が不十分である旨の回答を受け、これまで以上に厳格に精査するよう指示しました。
この際の監査結果や指示内容は書面にせず、口頭にとどまりました。
サムシングと同社の取締役会に前氏の経費の問題を報告することもしていません。
会社法382条は、監査役は取締役が不正の行為をし、若しくはそのおそれがあると認めるときは、遅滞なく取締役会に報告しなければならないと定めています。
調査委員会は、是正を求めたにもかかわらず問題が改まらないまま続いていた以上、この段階で両社の取締役会に報告することが求められていた、と指摘しています。
共有されたかどうかは記録から確かめられない
岡田氏の指摘が監査役会で共有されたかどうかも、はっきりしません。
岡田氏は、西山氏にも監査調書の内容を共有し、監査役会で議論したと述べています。
西山氏は当初、共有を受け議論した記憶があるとしていましたが、後日、改めて思い出してみると共有を受けた記憶はない、と説明を変えました。
監査役会の議事録にも、監査調書の内容が共有され、具体的な対応方針を決定した形跡は確認できていません。同社の取締役会議事録にも、岡田氏の指摘が共有された形跡はありません。
結果として、問題の把握から約3年間、実効的な是正措置がとられないまま推移しました。
調査委員会は、根本的な原因は、監査役会がその監査機能を組織として発揮する体制を欠いていた点にある、と分析しています。
なぜ取締役会に上げるという選択肢が出てこなかったのか
1年後も取締役会には共有・報告されなかった理由
報告書に書かれているのはここまでです。ここから先は、その場で何が起きていたのかを想像してみます。
創業者であり、会社の株式を持ち、グループの経営トップである人物に対して、経費の使い方が不適切だと書面で伝える。相当に気を遣う行為です。
一度それができた時点で、監査役の側には大きな仕事を終えた感覚が残ります。相手は書面を受け取り、経理部長にも確認の指示が回った。当面はこれで動くはずだと受け止めるのは、自然なことです。
難しいのは、約1年後に改まっていないと分かったときのほうです。
前にも伝えたのに直っていない、という話になります。同じことをもう一度言うのは、相手の姿勢そのものに触れる話になっていきます。
だから二度目は、初回より軽い形になったのではないか、と推察できます。
書面ではなく口頭、伝える相手も社長本人ではなく経理部長です。指示をしたという事実は本人の中に残りますが、どこにも記録されません。
とはいえ、監査役が負っている責任の重さからすれば、ここは記録を残しておくべき状況でした。
自分が何をどこまでやったのかを後から説明できる状態にしておくことは、監査役自身を守ることにもつながります。
口頭で伝えた内容を一行でも書き留めておけば、翌年の自分にも、他の監査役にも渡せます。
実際この事案では記録がないために、岡田氏が共有したと述べても、それを裏づけるものが残っていません。
取締役会に報告するという選択肢は、二度目のこの場面でもとられませんでした。
取締役会で報告するとは、社長本人がいる場で、他の取締役全員に向けて、社長の経費の問題を説明することです。
個人として社長に伝えることとは、必要な覚悟の量が違います。
ジェイ・エス・ビー事案
この違いが具体的に見える事案が、学生向けマンションを手がける株式会社ジェイ・エス・ビーです。
同社の常勤監査役は2024年9月13日の定時取締役会の席上、会社法382条に基づく監査役の報告として、元専務取締役が親族の旅行代金等の私的な費用のために経費を不正に使用した疑いが生じた旨を述べ、資料を用いて出席者に説明しました。
同じ経費の私的流用でありながら、伝えた場所も方法も違います。取締役会の議事録に残り、他の取締役が知り、会社としての次の一手が決まります。
法律事務所に設置した通報窓口も機能せず
SAAFホールディングスは、法律事務所と常勤監査役の二つを内部通報の窓口としています。2025年の告発も、この制度を通じて監査役に届きました。
一方で、調査委員会が調べる過程で、法律事務所の窓口が機能していなかった時期のあることが判明しました。
外部の通報先である法律事務所には、2026年1月から3月までの間に4件の通報が寄せられていました。
その4件はいずれも、会社に報告されず、通報者への連絡もなされていませんでした。
通報の受付を担当していた事務員が休職し、別の事務員が業務を引き継ぎました。
しかし、引継ぎの後、受け取った通報を会社に回す扱いがされず、この4件は対応されないままになった、と説明されています。
調査委員会は、外部窓口に運用を委ねきりにするのではなく、委託元である会社において通報の有無や対応状況について定期的に報告を求めるなど、窓口が現に機能しているかを継続的に確認する体制が必要である、と指摘しています。
岡田氏の指摘は、監査調書という個人の記録の中にとどまりました。4件の通報は、外部の法律事務所の中にとどまりました。
止まった場所は違いますが、会社に報告されなかったという点では同じです。
報告がなければ、取締役会でも監査役会でも、それを材料にした判断は行われません。
監査役として確かめておきたいこと
ここまではSAAFホールディングスで起きたことを追ってきました。ここからは、自社に置き換えて、監査役が確かめておきたいことを整理します。
確かめるのは監査役の目ではなく、記録の有無
この事案の監査役は、見つける力を持っていました。
2022年に自ら役員の交際費を調べて問題を見つけ、2025年3月にも同じ内容を指摘する監査報告書を出しています。
監査役会も、告発を受けた後は3週間で調べ上げ、社長の代表権返上まで求めています。
足りなかったのは、見つけたことを、翌年の自分自身と他の監査役に引き継がれる形で残せていなかったことです。
同じことは、多くの会社の監査役会に当てはまります。確かめるべきことは、監査役の感度でも熱意でもありません。
自社の監査役会の議事録を過去1年分読み返し、そこに残っている指摘がどう書かれているかを確かめることです。
「指摘した」で終わっていれば、岡田氏の監査調書と同じ状態にあります。
二度目に何をするかを、一度目の時点で決めておく
記録に残すのは、指摘した内容だけでは足りません。
誰に、いつまでに、何を直すよう求めたのか。その確認をいつ行うのか。ここまで書いて、1年後の自分に情報を共有したといえます。
確認の日を決めておくと、その日が来たときに口頭で済ませにくくなります。
直っていなければ次に何をするかも、その場の判断に委ねず先に決めておきます。会社法382条による取締役会への報告が、その行き先です。
相手が社長であるとき、監査役個人が取締役会でこれを切り出すのは容易ではありません。
だからこそ、個人としてではなく、監査役会の意見として報告する形をとることが必要です。
「監査役会として報告します」と言えれば、個人の告発ではなく、機関の判断として場に出ます。
委ねた先が動いているかを誰が確かめるか
同じ考え方は、外部に委ねている仕組みにも当てはまります。
通報窓口を外部の法律事務所に置いているなら、受付件数と対応状況の報告を毎月求めておきます。
件数がゼロであれば、ゼロであることを確認した記録が残ります。
不祥事の調査を外部の弁護士に委任した場合も同じです。
SAAFホールディングスでは、前氏が取締役を退任した2025年6月以降、11月末頃まで、調査の進捗に関心を示して確認していた者は誰もいませんでした。委任した時点で、いつまでに何を報告してもらうかを決めておく必要があります。
対象者が辞めても、それで調査が終了するわけではありません。
今回の調査報告書では、取締役会が報告を受ける仕組みを整えていなかったという体制の問題と、監査役が報告すべき場面で報告しなかったという個別の問題は、異なるレベルにあり、相互に排他的なものではない、と整理されています。
監査役を責めて終わる事案ではありません。
監査役がこの事案から学びたいのは、共有したことを記録にするということです。
把握した疑義を監査役の間で共有したら、その内容を監査役会の議事録に残す。取締役会に報告したら、その内容を会社の記録に残してもらう。
どちらも監査役自身の判断でできることであり、これがあって初めて、見つけた疑義が次に渡ります。
企業の不祥事対応や第三者委員会のセカンドオピニオン等のご相談は、アサミ経営法律事務所お問い合わせフォームよりご連絡ください。