こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
プロ野球・読売巨人軍の阿部慎之助前監督が、2026年5月25日に長女(18)への暴行容疑で現行犯逮捕され、釈放後の26日に辞任を発表しました。
謝罪会見では代理人弁護士から長女の手紙が読み上げられ、長女が対話型AI「ChatGPT」に状況を相談したことが、児童相談所への連絡、警察への通報という流れを生んだ経緯が明らかにされています。
事案そのものは家庭の問題です。
ただ、従業員が生成AIに最初に相談し、その先で何が起きるかを読みきれないという構造は、企業の中でも同じ形で起こり得えます。
今回は、従業員の生成AIリテラシーをどのように育てるかと、類似の事案が起きたときに企業が問われる覚悟について整理します。
「相談したつもり」が「通報」になった
謝罪会見で代理人弁護士が読み上げた長女の手紙には、「ChatGPTに相談した結果、匿名で相談できる児童相談所というものがありますよという形での説明書きがなされ、それでお電話をさせていただきました」と書かれていた、と報じられています。
注目したいのは、長女が「相談」のつもりで電話した点です。
同じ手紙には「『どうしたらいいか』という私の意向が聞かれることなく、警察に通報されるという形になってしまいました」とも記されていたとされ、その後の制度の動き方が本人の想定を超えていた様子が読み取れます。
「盲信」ではなく「次に何が起きるか見えない」というリテラシーの欠如
この事案は世間では「AIを盲信した結果」として語られがちです。
一方で報じられている経緯を丁寧に見ると、長女はAIの助言を機械的に鵜呑みにしたわけではなく、自分なりに「匿名で相談できる窓口」を選び、自分の判断で電話したようです。
問題はその先にあります。
ChatGPTが示した助言は、単発のアドバイスとして誤ってはいません。
しかし児童相談所には、虐待の疑いを把握した段階で動く独自の論理があり、相談者の意向に関わらず警察への通告がなされます。
AIの回答からは、動きの連鎖(業務フロー)が見えにくいのです。
新しいAIリテラシーの問題は、「AIを盲信した」というよりも、「AIが提示した選択肢を採用したあとに何が起きるか」を想像できない(想像力の欠如)という点にあります。
似た構造は企業でも観察されています。
韓国のサムスン電子では2023年3月、半導体部門の従業員が業務効率化のためにChatGPTにソースコードや会議内容を入力した結果、機密情報がOpenAIのサーバーに送信され、社外に流出した可能性があると複数のメディアで報じられました。
従業員に悪意があったわけではなく、入力した情報がその後どこへ流れていくかへの想像力が及んでいなかった点で、阿部前監督の事案と同じ構造である、と言えましょう。
AIに入力する側も、AIから受け取った助言を採用する側も、「次に何が起きるかが見えていない」という点で共通しています。
もっとも、この「次に何が起きるか見えていない」という現象は、生成AIとの向き合い方に限った話ではない気がします。
職場や日常の場面でも、その発言の先で相手や組織がどう動くか、その権利主張の先で周囲との関係がどう変わるか、飲み会を断った先で上司・同僚との距離感がどう変化するか。こうした先のことが読めないまま行動を起こしてしまう人は年々増えている印象があります。
生成AIへの相談は、その想像力の不足が起きやすい状況を、最も目に見える形で表に出した一例なのかもしれません。
従業員の生成AIリテラシーをどう育てるか
企業の現場でも、すでに似た場面が起き始めています。
ハラスメントに関する場面
ハラスメントを受けた若手従業員が、社内の誰にも声をかける前に生成AIに状況を打ち明け、AIから「労働局や弁護士、外部通報窓口に相談を」と助言を受けて、そのまま外部の窓口に連絡する。
AIの助言は労働法に照らせば真っ当な情報提供であり、外部に相談すること自体も本人の権利として法律で保障されたものです。
問題はそこではなく、本人の中に「先に社内の誰かに話してみる」という選択肢が最初から入っていなかった点にあります。
会社側からは、社内で一度も話に出ていなかった案件が、ある日突然、外部から正式な照会として届くという形で表に出てきます。
取引先に関わる場面
取引先への情報提供の場面でも同型のことが起こり得ます。
担当者がAIに「これは先方に伝えるべき情報か」と問い、「コンプライアンス上、知らせておくのが望ましい」という答えを得て、上長や法務に一報を入れずに先方へ伝えてしまう。
最終的に先方に伝えるという結論自体が誤っているわけではないのですが、社内のどこにも一度通さないまま実行に移すことで、根回しの順序や法務との事前すり合わせが抜け落ちる。
社内手続き上の段取りや相手との関係性への影響までAIの視野に入っているわけではないため、結論だけを採用すると現場が後追いで調整に走ることになります。
入力面のルールだけでは足りない
多くの企業が「AI利用規程」として整備しているのは、入力面のルールが中心です。
個人情報、営業秘密、人事情報、未公表の経営情報をAIに入力しない、というサムスン型の事故を防ぐためのルールです。
これ自体は必要ですし、個人情報保護委員会も生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について(令和5年6月2日)において、個人データをプロンプトに入力する場合の留意点を示しています。
しかし、入力面のルールが完璧でも、阿部前監督の事案で起きたような「AIの助言を採用したあとに何が起きるか」への想像力は育ちません。
立派な規程を整備したことに経営陣が満足してしまうと、現場ではむしろ規程が空気の読めないものとして遠ざけられます。
その結果、従業員はAIへの相談を「個人の判断」として静かに進めるようになります。
採用したあとに何が起きるかを想像する訓練
AIリテラシー教育として効果的なのは、自社の業務で実際に起こりうる場面を題材にしたケース学習です。
たとえば、「上司との関係に悩んだ従業員がAIに相談したら、どんな助言が返ってくるか。その助言を採用したら社内で何が起きるか」を従業員自身に予測してもらう。
「顧客クレームの初動でAIに対応文案を相談したとして、その文案を送ったあと、顧客側でどう受け取られるか」を想像してもらう。
AIの回答内容を覚える訓練ではなく、AIの回答を採用したあとに制度や手続き、関係性の側で何が起きるかを予想する訓練が、現場のリテラシーを底上げします。
「相談する」と「通報する」が同じではないこと、「正論を発信する」と「実際に動く」が違うこと、「教科書的に正しい」と「社内手続きを通った」が別物であること。
こうした隙間を、従業員一人ひとりが自分の業務に重ねて理解できることが、この種の研修のゴールになります。
類似の事案が起きたときに試される企業の覚悟
それでも類似の事案は必ず起きます。
従業員が生成AIに先に相談し、その助言を採用した結果として、社内の知らないところで外部に問題が広がる、という場面はこれから増えていく、と思います。
そのとき、企業の覚悟が試されます。
第一に、「なぜAIに相談したのか」を従業員個人の問題として処理するのか、「なぜ従業員はうちの誰にも先に相談しなかったのか」を組織の問題として受け止めるのか。
前者の姿勢で処理してしまうと、従業員は次からますますAIへの相談を社内に隠すようになり、組織として困っている従業員に手を差し伸べる機会自体が失われます。後者の姿勢を取れば、社内のどこに相談しづらさがあったかを点検する機会が生まれます。
第二に、AIへの相談自体を禁止するのか、AIに相談する前に社内で誰かに声をかけてもらえる関係性を平時から積み上げるのか。
AIを禁じても、従業員は禁止された場所で使うようになるだけで、結果として組織は従業員がどこで何を相談しているかが見えなくなります。
生身の人間に話しても安心して受け止めてもらえると感じられる職場であれば、AIは二番手の相談相手として補助的に機能します。
従業員が生成AIに最初に相談してしまうのは、生身の人間に話して安心して受け止めてもらえる感触が薄れているという、現場の温度の現れでもあります。
AIリテラシー研修の手前に、社内で「先に話してもらえる関係性」が保たれているか、という問いがあります。
阿部前監督の事案は家庭内の話ですが、長女が父親本人や別の家族に先に話す前にAIを選んだという事実は、家庭という最も身近な場所でも起きていることを示しています。
企業はその一歩先に立たされている気がします。
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