月刊広報会議2015年1月号「リスクと広報」は危機管理広報担当者必読です!!

こんにちは。弁護士の浅見です。

10月からReviewの投稿がぱたりと止まってしまいました。
楽しみにしている方からは「次を待ってます」との声もいただいており、お待たせしまして、申し訳ございません。

10月以降も、朝日新聞社長交代、タカタのリコール問題、景品表示法の改正対応、焼きそば回収問題など、投稿したいネタは日々登場しています。
メディアから取材も受けました(中には記事にはならなかったものもありますが)。

しかし、情報を分析しきれていないので、年末年始にまとめてやります。しばし、お待ち下さい。

・・・と言い訳だけしても意味がないので、1冊、雑誌をご紹介します。

それは、月刊広報会議2015年1月号の「リスクと広報」です。

(残念ながら今回は取材を受けませんでした。いつでもお待ちしております。)

2014年に発生した事件事故の記者会見について、わかりやすくまとまっています。

各専門家の立場からコメントがあり、「そういう意見や見方もあるのか」と勉強になります。

ぜひ、読んでみてください。

効果的な従業員コンプライアンス教育は、事例を用いたグループ検討・討論方式

伊藤忠商事の「社会的責任」教育

「コンプライアンス」「企業の社会的責任」が企業に求められるようになってから、各企業では、従業員への教育に工夫を凝らしています。
私が、この1年間を通じてセミナーで話すことが多い、従業員のSNS利用についても、SNS利用を従業員にいかにして教育していくかが最近の注目点になっています。

その中で、伊藤忠商事の「社会的責任」教育についての報道がありました。

「伊藤忠商事はグループ企業の広報担当者を対象に、企業の社会的責任(CSR)をテーマとした勉強会を都内の本社で開いた。約50社計80人の広報担当者らを7、8人のグループに分け、会社や従業員、株主などの立場に設定。人権や労働、環境、腐敗防止をテーマにした具体的な事例への対応策を発表し評価し合うゲームを活用した。」(2014年9月30日付け、日本経済新聞朝刊より)

要は、グループで事例検討をしあうというもので、特に目新しいものではありません。

私が4年ほど前から行っている某上場企業の従業員教育では、丸2日がかりでコンプライアンスや企業の社会的責任について、事例を用いてグループ検討・議論をしています。
他にも半日から1日がかりで同じような教育をしている会社は複数あります。

そこで、今回は、コンプライアンス・企業の社会的責任に関する効果的な従業員の教育方法について、簡単に触れてみたいと思います。

従業員教育に事例を使うことの効果

従業員教育に事例を用いる最大の効果は、臨場感があるということです。

主に過去に報道された企業不祥事や、いろいろな企業で実際に発生している日常的な不祥事をベースにした教育用の事例を作ると、被害者数などの数字に具体性があり、不祥事が発生してから企業に対する批判や報道が拡大していくまでの日程やプロセスに具体性が出てきます。

不祥事以外の事例でも同じです。
株主とのやり取りが問題になった事例、消費者や取引先とのトラブルがこじれた事例、社会から会社の対応が批評された事例、従業員の労働環境が問題になった事例など、社内で発生した実例、他社事例、報道された事例を具体的に取りあげると臨場感が増します。

そうなると、教育される側の従業員も「この時点で、こうすれば、よいのではないか」などと、時の流れに沿って臨機応変に考えられます。

自分の頭で「ああでもない」「こうでもない」「これがいいのでは」と考える機会を与えることは、自分が不祥事やコンプライアンスを問われる場面を疑似体験するのと同じことなので、考えが深まるのです。

事例の検討・協議をグループで行うことの効果

目的は視野を広げて、社会的責任の中身を知ること

そうした事例の検討は、グループで行うと、なお一層効果的です。
グループで検討・協議することで、自分の頭の中で思いつくこと以外にも、他の従業員がどんなことを考えているのか意見を聞くことができます。
それによって視野が広がるのです。
視野が広がるということは、自分の頭以外の社会の意見を知ることができるということです。
つまりは、自然と世の中の常識を知ることができて、コンプライアンス=企業の社会的責任=社会から何が求められているか、を知ることができるようになります。
答えを出すことが目的ではなく、世の中にはいろんな意見があると知ることが目的なのですから、視野が広がればそれで目的を達したことになるのです。

グループの人数は4人が理想

グループの人数について伊藤忠商事は7〜8人のグループで行ったと報じられています。
しかし、私は、過去の経験に照らすと、それは人数としては多いなと思います。
7〜8人ではどうしても議論に参加しないで聞いているだけ、中には自分では考えない人が出てきてしまうからです。
できれば4人、多くても6人が限界ではないかと思います。

グループ内には役職の高低をなくし、思い思いに話せるように工夫する

しかも、そのグループ内には役職の高低がないようにする。
経験値、入社からの履歴が同じようなメンバーを一つにすると、グループ内でフラットな議論ができるようになります。
フラットな議論とは、誰かの意見に従うのではなく、また、誰かが話しを纏めてしまうのでもなく、思うがままにお互いに変な遠慮がなく闊達な議論ができるということです。
もっと言えば、素朴な疑問や、ちょっとした思いつきでさえ、議論の対象にできるということです。

また、過去に行った研修では法務部が複数いるグループでは、法律的な結論に引きずられがちだったという特徴もありました。
そのため、グループの構成には法務部経験者、法学部出身者などはできるだけ1人にするなどの工夫も必要です。

検討・議論をリードする立場の技術が必要

グループで事例を議論・検討して他の人の意見を聞くと、それで視野が広がるので、最低限の目的は達します。
ただ、企業として、コンプライアンス教育、企業の社会的責任についての従業員教育の効果を挙げたいのであれば、より重要なのは、全体のリード役の腕です。

たとえば、グループで議論・検討してもらった結果を発表してもらう。
その発表を受けて、さらに議論を拡げる。
また、提供した事例に条件を付け加えて、事例を変化させ、その場合でも同じ結論になるかその場で考えさせる。

こうしたことをできるようにするためには、リード役が事例をよく知り、またその周辺知識が深くないとできません。
弁護士なら誰でもできるのかといえばそう簡単ではなく、法律知識以外にも詳しくないと、このリード役は、できません(そうおっしゃって、顧問弁護士がいるのに、あえて私に研修をご依頼いただく企業が多いです。ありがとうございます)。
そういった意味で、リード役の技術が重要なのです。

ちなみに、当事務所では、従業員、経営陣、管理職向けに、そうしたグループ研修を数多くやっていますので、お気軽にお問い合わせください。
なお、新入社員や全社員向けの研修だけではなく、営業職・広報部門・人事部門・工場など特定の職種だけを相手にした研修も行っています。
(最後の項は宣伝です)

朝日新聞誤報問題と記者のTwitterでの反応から考える、企業不祥事発生時の従業員のSNS利用

更新の間隔が空いてしまいました。

取りあげる話題は、9月11日に記者会見が行われた朝日新聞誤報問題(従軍慰安婦に関する吉田証言の誤報)についての同社記者の反応について、です(※政治的な観点から取りあげるつもりはありません)。

朝日新聞誤報問題と記者の反応

会見後に、同社記者がTwitterに投稿した内容が、次のように報じられました。

「会見の終了後、編集委員の男性は「今日はつらい日です。誤報のことはごめんなさい。でも、これで朝日新聞の記者やめたら漢がすたる」とツイート。「吉田調書と専門家の調書を読み解く取材に参加した」という地方支局勤務の男性は「誤った内容を伝えたことに深く反省いたします。関係者のみなさま本当に申し訳ありません。自らの取材手法を含めて見直していきます」と投稿した。」(2014年9月11日、産経新聞ニュース)

その他の反応もネット上にまとめられています。
【慰安婦誤報】朝日新聞記者アカウントのツイートまとめ

記者も従業員のはず。誤報=不祥事発生時の従業員のSNS利用として適切なのか、という問題意識

企業危機管理という側面から見たとき、こうした記者の反応・対応は適切なのか? という疑問が生じました。

というのも、記者は朝日新聞の従業員です。個人事業主ではありません。
誤報は朝日新聞という報道を目的とする事業会社の企業不祥事です。
企業不祥事が発生したときに、従業員が銘々にSNSに意見を投稿するというのは、他の事業会社では考えられません。

しかも、内容を見ると、従業員としての立場としての意見投稿ではなく、他人事=自分が働いている会社以外で起きた誤報問題であるかのような立場での投稿、または自分の政治的な意見を発しようとしている記者の方も散見されました。中には、役員などを批判する投稿をしている記者もいました。
こうした姿勢に違和感を感じずにはいられませんでした。
「企業不祥事を起こした会社の従業員のSNS利用として、これは適切なのか」と。

そこで、企業不祥事が発生した場合に、当該会社の従業員は個人で利用しているSNSで、何を発すべきか、あるいは、どのようにSNSを利用すべきかという問題を考えてみたいと思います。

企業不祥事を起こした会社の従業員のSNS利用で生じる問題

従業員が自分の身元を明らかにしてSNSを利用している場合、他人からは、当該従業員のSNS投稿は「不祥事を起こした会社の従業員の意見」というフィルターを通して見られます。

SNSの利用ではありませんが、例えば、企業不祥事を起こした会社の従業員にマスコミが出待ち取材を行う。
その取材でのコメント内容は、テレビ・新聞を通じて「不祥事を起こした××社の従業員は・・・・とコメントした」と報じられます。あるいは、無言で出待ち取材から逃げる様を報じられます。

つまり、従業員一個人の反応が、当該不祥事を起こした企業姿勢であるかのような報じられ方をします。
テレビ視聴者、新聞読者は、こうした報道を見て、「不祥事を起こした会社なのに、従業員はけしからんコメントをした」「不祥事を起こした会社なのに、お詫びもなく逃げるだけか」と憤りを感じる。そこまで達しなくても、少なくとも、その会社に対して、こういう反応をする会社なのかという印象を抱くようになります。

こうした従来の出待ち取材の報道とそれに対する視聴者・読者の反応の仕方は、そのまま、SNSの投稿とそれを見たネット利用者の反応でも同じと思って良いかと思います。
「不祥事を起こした会社なのに、従業員はこういうことを考えているのか」「不祥事を起こした会社なのに、お詫びもなく言い訳や逃げるだけか」と。

要は、従業員が身元を明らかにしてSNSを利用している場合には、当該従業員が不祥事を起こした会社の広報担当者ではないとしても、ネット利用者=世の中から見れば「不祥事を起こした会社の従業員のコメント」と受けとられてしまうのです。このことを忘れてはいけません。

企業不祥事を起こした会社の従業員は、SNSに何を投稿すべきか

不祥事を起こした会社の従業員であるという意識を持つ

企業不祥事を起こした会社の従業員が、自分の身元を明らかにしてSNSを利用している場合には、まず、「自分の投稿内容は、不祥事を起こした会社の従業員のコメントという色眼鏡で見られることを意識しなければなりません。
そうなれば、自然と、SNSに投稿する内容は慎重になっていくはずです。

不祥事を起こした当事会社の一員としてお詫びをする

また、当該従業員が広報担当でないとしても、また不祥事の直接の当事者ではないにしても、不祥事を起こした当事会社の一員として、「××という問題を起こして、××に迷惑、心配をおかけして申し訳ない」という世の中へのお詫びを発しなければならないと思います。
つまり、SNSを個人で利用している場合であっても、不祥事を起こした会社の広報として、SNSへの投稿内容を考えなければいけません。

詳細や個人の意見・推測は投稿してはいけない

当該従業員が広報担当であっても、また不祥事の直接の当事者であったとしても、SNSの個人利用では、個人の見解を述べてはいけません。広報担当者ではなく、直接の当事者でもないなら、個人の見解のほか、事実に対する推測も述べてはいけません。

ましてや、不祥事を起こした会社、つまり自分自身が働いている会社の経営陣を批判することは避けるべきです。
世の中から見たときには、「あまりに他人事として捉えすぎではないか?」と写ってしまうからです。もっと言えば、「批判する前に改善できていなかった(あるいは改善の声を挙げなかった)投稿者自身が悪いのだ」と否定的に捉えられてしまうからです。

あくまでも、お詫びの投稿だけに留めておくべきです。
詳細について知らないのであれば、不祥事の内容については「不祥事の詳細について正確には知らない。誤解を招いてもいけないので、憶測で述べるのは避けたい。」と投稿すべきです。
これが企業不祥事広報=危機管理広報=クライシス・コミュニケーションの基本です。

広報部門は危機管理広報=クライシス・コミュニケーションの観点から、各従業員にSNSの利用上の注意点を指導すべき

以上のようなポイントを、本当は、企業不祥事が発生する前から、会社の広報部門が従業員に指導しておいて欲しいのです。不祥事が発生した場合は、なおさらです。
もちろん、指導とはいっても、日頃から隠蔽体質にするという意味ではありません。
あくまでも、不祥事を起こした会社の従業員がSNSを利用する場合には、世の中から、色眼鏡で見られてしまうから注意して欲しいという危機意識を従業員に抱かせるような試みをして欲しいということです。
それができる会社とできない会社で、危機管理広報=クライシス・コミュニケーションがうまい会社、下手な会社が別れますし、もっと言えば、報道が早々に収束するかどうかにも影響してくると思います。

日本スチュワードシップ・コードとガバナンスコードって必要なの?

コーポレートガバナンスと日本版スチュワードシップ・コード

近時、「ガバナンス」という言葉が当たり前のように使われています。

「コーポレートガバナンス」という言葉を、経営者の責任を問う例がその典型です。
要するに、経営者、つまり取締役・監査役は、社内で不正が起きないような仕組み作りをしているか、不正が起きたときに対処できるな仕組み作りをしているか、ということです。

経営者=取締役・監査役は、株主に株主総会で議決権を行使して選任される立場です。
そこで、株主が、あらかじめ「こんな経営者なら支持する。こんな経営者は支持しない。」という方針を出しておく。
これが「スチュワードシップ・コード」と呼ばれるものです。

日本では、2014年2月に金融庁が機関投資家に向けて「日本版スチュワードシップ・コード」を発表しました。
日本版スチュワードシップ・コード

2014年8月末時点で160の機関投資家が日本版スチュワードシップ・コードの受入を表明したそうです(金融庁HPより)。

これは、結局のところ、経営陣に株主のことを意識しながら経営判断しなさい、ということを促すためのもの、という広い意味では「コーポレートガバナンス」に役立つと言えるでしょう。

日本版スチュワードシップ・コードの必要性への疑問

ただ、正直言って、これって本当に必要なものなのか?というのを素朴に感じます。

株式会社にとって株主はオーナーです。
そのオーナーは1人ではありません。ましてや、機関投資家だけではありません。
機関投資家が大量に株式を保有している大株主の一人であることは否定できません。
しかし、機関投資家以外の個人株主もたくさんいます。

金融庁の「日本版スチュワードシップ・コード」を発表し、機関投資家がそれを受け容れたからといって、経営陣は機関投資家だけを見ていればいいわけではありません。
機関投資家だけを見ていれば、たしかに、自分の取締役・監査役の地位は安泰かもしれません。
しかし、果たして、それで株主全体の利益を考えた経営判断ができるのか、という疑問は尽きません。

経営陣は、誰よりもその会社の業務の内容を知っている人たちです。
時には、自分の地位が危うくなっても機関投資家の意向に背く経営判断をしなければならない場合もあるでしょう。
そうしたときに、「日本版スチュワードシップ・コード」は、むしろ、適正な経営判断をしようとしている経営陣にとって足かせになりはしないかな、と危惧するのです。

たとえば、西武ホールディングスとサーベラスの関係。
報道を見ている分には、経営陣と投資家との判断がぶつかり合って、衝突しあって、それでも少しずつ前進している、というように見えます。
気概のある経営陣だからこそ、衝突する経営判断もできたのかもしれません。
これが日和見の経営陣だったら、いったい、どうなっていたのか。

要するに、日本版スチュワードシップ・コードとか、機関投資家には良いのかもしれませんが、経営陣にとっては余計なお世話ということになるのではないかと思うのです。

企業統治指針(コーポレートガバナンスコード)、ナニソレ?

日本版スチュワードシップ・コードとは別にもう一つ見逃せない動きがあります。
金融庁と東京証券取引所による「企業統治指針(コーポレートガバナンスコード)」の策定に向けた動きです。

「上場企業の経営規律を強化し収益力を向上させるための企業統治(コーポレートガバナンス)指針作りが始まった。金融庁と東京証券取引所が7日、有識者会議の初会合を開いた。論点になりそうなのは社外取締役の人数や企業同士の株式持ち合い抑制策。経済界には慎重な意見が多く、どこまで踏み込めるかがポイントになる。指針を来年6月までにまとめる。」(2014年8月8日、日本経済新聞より)

9月30日には3回目の有識者会議が行われるそうです。

会社法と会社法施行規則で内部統制(業務適正確保体制)について株式会社の動きをがんじがらめにし(財務面の内部統制にはさらに金融商品取引法もある)、さらに、法律でもなんでもないルールとして「企業統治指針(コーポレートガバナンスコード)」を作ってがんじがらめに輪を掛ける。

経営陣にガバナンスをしっかり徹底させて、不正をおこなわせないようにする、という基本的な考えには諸手を挙げて賛成します。

しかし、会社で不正が行われない仕組み作りをする、不正が行われたときの対処づくりを考える。
これは、本来、経営陣に任せて、その会社ごとにオリジナリティのある仕組み作りをさせればいい話です。
行政である金融庁や、上場会社に株式取引の市場を提供している東京証券取引所が考えることではないと思うのです。
率直に言えば、これも余計なお節介であり、会社経営の組織作りにまで行政が口を挟むな、と感じます。

もちろん、自分で考えられない経営陣(や、実際にルール作りをする法務/総務部門)にとっては、参考になると思います。
しかし、本当は、ここを自分の頭で考えてこそ、高い報酬をもらえる経営陣であり、ホワイトカラーで管理部門と呼ばれる人たちのはずです。
それを行政や取引所に任せるなんて・・・(以下、激辛になるので略)。

しばらく動向を見守りたいと思います

イオン監査役アカデミーの設置に見る、子会社管理

会社法改正による、取締役の子会社監督義務の拡大

2014年6月に成立した改正会社法は、取締役・取締役会の業務適正確保体制(いわゆる内部統制システム)の設置義務の範囲を拡大しました。

改正会社法では、自社の業務の適正を確保するための体制を構築するだけではなく、「子会社からなる企業集団」をも対象にして業務の適性を確保するための体制を構築することを取締役会に法的に義務づけたのです。

本来なら、親会社は、子会社にとって株主という存在です。
しかし、ビジネスの現場に即して言えば、「子会社からなる企業集団」の業務を管理監督していることが多いのも事実です。

例えば、

  • 親会社から子会社に役員を派遣して、子会社の業務内容を監督する
  • 子会社での重要な業務については、親会社の取締役会の決裁を得るか、親会社の取締役会に報告する
  • 極端な例では、子会社の実態が親会社の一事業部にすぎない

などがあります。

こうした背景を元に、「親会社は子会社の株主」という形式論に留めず、親会社の取締役・取締役会は子会社からなる企業集団の業務の適正を確保する体制を構築しなければならないことまでを法的に義務づけたのです。

親会社の取締役・取締役会は、子会社の業務が適正に行われているかを監督しなければならないという監督義務の対象が拡大したとも理解することができます。

「イオン監査役アカデミー」の位置づけ

他方で、監査役には、会社法が改正される前から子会社調査権がありました。
子会社に不正・違法行為がないかどうかを、親会社の監査役が調査する権限があるということです。

この改正会社法での取締役・取締役会の子会社に対する監督義務が拡大したことと、従来からの監査役の子会社に対する調査権の両方を踏まえた行動をとる企業も現れてきました。

「イオンは監査役候補者を社内で育成する機関「イオン監査役アカデミー」を設置する。アカデミーを修了した幹部人材を海外を含め260社以上ある子会社の監査役に順次配置する。グループ各社の不祥事や不正会計の芽を摘み、企業統治の強化につなげる。」(2014年9月13日付け、日本経済新聞朝刊より)

報道されている以上のことはわかりません。

ただ、この報道を見る限り、親会社の取締役・取締役会は自らが子会社を監督するだけではなく、自ら子会社を監督できる人材を育成し、そうして育成した監査役候補者を子会社の監査役として選任することによって、自らの子会社監督の補助にする、あるいは子会社の監査役として取締役・取締役会の意を汲んでもらい、目の届きにくいところを取締役・取締役会に変わって十分に監督してもらうといったことを狙っているのではないかと、推測できます。

こうした取り組みを行っている会社は聞いたことがないので、親会社による子会社監督のおもしろい試みとして、今後の動向が気になります。

新日鐵住金名古屋製鉄所の爆発事故に見る、地域社会との共存

工場事故と地域住民

工場では事故は不可避です。
爆発事故、土壌汚染、騒音問題などが頻発します。

こうした事故が発生したときに、企業は危機管理として事故対応を行います。
その時に忘れてはならない存在が「地域住民」です。

企業の工場がその場所で操業することが許されるのは、地域住民に受け容れられているからです。
その地域住民の平穏な生活や生命・身体に不安を生じさせる事故を発生させた場合には、地域住民に迷惑を掛けた、不安を与えたということを肝に銘じて、地域住民に理解を求める行動を取らなければなりません。

これは「企業の社会的責任」と言えます。

新日鐵住金名古屋製鉄所での爆発事故と、地域住民への配慮

9月3日に新日鐵住金名古屋製鉄所で爆発事故が発生しました。
報道によると、2014年で5回目の事故だそうです。

「3日午後0時45分ごろ、愛知県東海市東海町5の新日鉄住金名古屋製鉄所から「コークス炉付近で爆発があった」と119番通報があった。愛知県警東海署や同製鉄所によると、15人がけがをして病院に搬送され、うち5人が気道熱傷などで重傷という。」

「名古屋製鉄所では今年1月以降、黒煙が発生する事故が計4回発生。新日鉄住金は8月、原因究明や改善策の検討のため、社内に事故対策委員会などを設けたばかりだった。」(2014年9月4日、日本経済新聞朝刊より)

新日鐵住金は事故対策委員会を設けて原因究明や改善策を検討しようとしていたところなので、内部的には十分な対策を行っていたと言えます。

しかし、その一方で、これまでの4度の事故での地域住民への配慮が不十分だったのではないかとも思えます。
住民からの不満の声が出ているからです。

「新日鉄住金名古屋製鉄所(愛知県東海市)で3日発生し、15人が負傷した爆発事故は、同製鉄所で今年5回目の黒煙発生だ。「またか」「いいかげんにしてほしい」。住民らは不安や不満を募らせた。」(2014年9月4日、日本経済新聞朝刊より)

新日鐵住金が地域住民を全く配慮していなかったのか?と言うと、そういうわけではないようです。
少なくとも、記者会見での謝罪コメントを見る限り、地域住民には配慮しています。

「新日鉄住金名古屋製鉄所(愛知県東海市)の爆発で15人が負傷した事故で、新日鉄住金の酒本義嗣・名古屋製鉄所長らが3日午後、記者会見を開き、「地域、社会のみなさまに大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」と陳謝した。」(2014年9月3日、日本経済新聞電子版より)

そうであるにもかかわらず、地域住民から不安や不満が出るのはなぜか?ということです。

もちろん、1年で5回目の事故が原因であることも否定できません。

ただ、それ以上に、これまでの4回の事故で地域住民の方の不安や不満を十分に吸い上げられていなかったのかもしれないなとも思えます。

たとえば、住民説明会を行っていなかった、住民説明会を行ったけれど地域住民の方たちが理解できるほど噛み砕いていなかった(説明の内容が難しかった)、住民説明会への参加率が低かったので参加していない住民も多くいたなどが考えられます。

住民説明会を行う際で、もっとも大事なポイント

そこで、ここでは、もし企業が工場での爆発事故などを起こしてしまったときに、企業は住民説明会を行うべきか、住民説明会を行うときに、どういった点に配慮をすべきかについて解説したいと思います。

住民説明会を行わなければ、地域住民への配慮を欠く

仮に住民説明会を行わないのであれば、その姿勢そのものが、地域住民への配慮が欠けていたという評価になりましょう。
事故を発生させ、地域住民の方に迷惑を掛けた、不安・不満を抱かせたという意識があれば、地域住民の方に説明するのは筋だからです。
法的責任云々ではありません。
企業に地域社会と共存する意思があるかどうかという問題です。

実際に、ある会社では、住民説明会を行うだけでなく、地域住民のお宅に1軒1軒訪問し説明に上がったこともあります。そこまで行うのかどうか。
新日鐵住金の場合、報道からは明らかではないので、過去4回の事故のときにどのような行動をとったのかは気になります。

住民説明会の目的と、地域住民への謝罪

だからといって、住民説明会を行えばそれで足りる、というわけではありません。
形だけの住民説明会を行っても意味はありません。

住民説明会の目的は、企業と地域住民との共存のために、地域住民の不安、不満を解消することです。
そうだとすれば、住民説明会では、地域住民が事故で抱いた不安や不満に正面から答える必要があります。

例えば、事故によって消防車などが出動し、地域住民の平穏な生活を破ってしまった。
まず、そこに謝罪が必要です。

住民説明会では、わかりやすさを第一に

また、爆発事故となれば、原発の事故の例を見るまでもなく、地域住民は工場で何を扱っていたのか、それによって地域住民の生命、身体に影響があるような物質などが浮遊しないか、もっとわかりやすく言えば、爆発事故によって身体に害は生じないか、今までどおりの普通の生活をそのまま送っていて大丈夫なのか、を心配します。

そうした地域住民の立場に立って、企業は爆発事故の内容を説明していかなければなりません。

地域住民の立場に立つということは、わかりやすさ、ということに繋がります。

  • 専門用語を使用しない
  • 図などを使って目で見てわかるようにする
  • これから、どのような害が可能性があるか

などを、噛み砕いて説明する必要があるのです。

レベルは、小学6年生くらいが理解できる程度です。
小学6年生をレベルに設定するのは、そのレベルまで落とし込めば、住民説明会に出席している人がほぼ等しく十分な理解ができるからです。

今回の新日鐵住金の例でいえば、「黒煙があがった」ということです。
そうであれば、工場で扱っていたのは何か、黒煙に含まれている物質は何か、その物質や煙を吸い込んで身体に害はないか、どれくらいを体内に取り込むと健康被害が生じるかなどを説明する必要があります。

どれくらいというのも専門単位で説明するのではなく、成人の大人が1日2時間黒煙の中で煙りを吸い続けたら、何日間で何人に1人の割合で呼吸困難になる可能性が出てくるとか、何日間で肺がんになる可能性がどの程度増加するなどという具体的な説明です。

会社の立場で考えて住民説明会を行おうとすると、どうしても地域住民のフラストレーションをぬぐいきれないままになってしまう可能性があります。
説明内容を少し工夫するだけで、同じ住民説会を行うにしても地域住民の納得度合いが変わってくるので、ぜひ、わかりやすさに挑戦して欲しいと思います。

「社外取締役の人材難・人材不足」は本当か?

社外取締役の増加傾向

9月2日の日本経済新聞が「社外取締役『複数』が8割」と報じていました。

「上場企業で複数の社外取締役を導入する会社が増えている。主要100社を調べたところ、社外取締役を2人以上置く企業は85社と8割を超え、5年前の57社に比べ1.5倍に増えた。」

「東京証券取引所の1部上場企業の中で、社外取締役を2人以上置く企業は全体の34%だったが、主要100社に限れば8割超が複数の社外取締役を置いていることがわかった。取締役全体の半分以上を社外で占める企業も12社あった。」(2014年9月2日付け日本経済新聞朝刊)

社外取締役が増えて、社外の声を取り入れる、経営に客観性を取り入れるということは、非常に意味があると思います。
この点については、別のエントリー(社外取締役の存在・役割は会社の業績にとって意味があるのか)で書いたことがあります。

社外取締役の人材不足は本当か?

「適正な人材が少ない」との声

その一方で、「社外取締役の人材不足」ということも報じられていました。

「社外取締役の導入が広がることで、1人が複数企業の社外取締役を兼務するケースも増えている。主要100社の社外取締役300人のうち、37人が2社以上を兼務し、5年前の18人から倍増した。」

「中央省庁の官僚出身者が社外取締役になるケースも増えている。主要100社のうち、事務次官経験者らが48人と5年前の3倍近くになった。財務省と経済産業省、外務省が多数を占める。

背景にあるのは人材不足だ。大手金融機関幹部は「適性な人材が少ない」と訴える。経団連幹部も「地方に本社を置く企業は1人でも人選に苦労している」と話す。このため社外取締役として実績がある学識経験者や官僚出身者に依頼が集中しているようだ。」(2014年9月2日付け日本経済新聞朝刊)

「適正な人材が少ない」「人選に苦労」そうした背景を理由に、「学識経験者や官僚出身者に依頼が集中」とのことだそうです。

本当に人材不足なの?

ただ、本当に人材不足なの?という疑問は感じます。
さすがに、主要100社のうち、37人が2社以上の社外取締役を兼務し、また、事務次官経験者が48人もいるというのは、異常事態ではないかと思うのです。

あくまで仮説・推測ですが、こうした状況になっている理由は、大きく分けて2つあるのではないでしょうか。

「顧問」「相談役」の代わりとしての社外取締役

1つは、自社の業界に関係する官庁、監督官庁出身者を社外取締役に据えることで、何かあったときに頼りにしたい、という理由。

従来であれば、業界に関係する官庁や監督官庁出身の官僚を顧問とか相談役という立場として採用していたものを「社外取締役」という会社で認められた役職に付けただけというケース。
これは、社外取締役の本来の機能=社外の声を会社経営に取り入れて業績向上に繋げるという機能とは真逆と評していいパターンです。

業界に関係する官庁や監督官庁出身の官僚であれば、頭の中には業界知識が溜まっています。
となれば、そうした官僚出身者から得られる叡智は、業界知識に基づくものになるはずです。
つまり、社外の声を聞いたとしても、結局目新しい発想や気づきはない可能性が高くなる。
結局、得られるものは、社外の声ではなく、現在の経営陣にとって耳障りがいい声。
社外取締役としての機能は果たさない、ということになってしまいます。

寄らば大樹

もう一つは、社外取締役候補者を自社で独自に選ぶだけの判断材料がないから、他の会社が採用した人を選んでおけば無難だろうという理由。

まったくもって保守的な姿勢での社外取締役の選任です。
「あの会社が社外取締役に採用しているから、この人なら無難=株主から異議も出ないだろう」
「有名人だから取締役の誰もが知っていて、社外取締役の候補者とすることについて経営陣から文句は出ないし、候補者を選んだ社内の部署としても責任を取らなくて済むだろう」
「まったく無名の人材を社外取締役に選任すると、社内決裁を経る段階で手間取る、株主総会で決議を得るのが難しい、大株主やメインバンクに理解を得るのが煩雑。だったら、無難な人を選んでおいた方が良いのではないか」

推測ではありますが、こうした企業は多いのではないでしょうか。
こうした企業に対する評価は、「所詮、そのレベル(本気で社外の声を取り入れようとは思っていない。そのために必死に人材を探すことまではしない。責任逃れしたい意向の方が強い。)の会社だよね」ということです。

社外取締役はまず選任して、必要な助言を得たら、どんどん交代させればいい

新しい人材を取り入れて、1年ないし2年の任期をまっとうさせてみる。

その結果、会社にとって利益がない社外取締役だった=目新しい指摘もなければ専門的な知見からの意見もなかった、というのであれば、任期満了とともに、また別の社外取締役に変える。
社外取締役だから重任しないことについて、しがらみもない。
だから、容易に変えやすい。

もしくは、任期中の経営課題とされていた部分に必要な助言をもらうことができたから、任期満了とともにお役御免し、また別の社外取締役に変える。
会社経営の「ゴルゴ13」的役割として、社外取締役を選任する。

そうすれば、社外取締役の人材も流動化するし、社外取締役側も緊張感を持つし、経験も積める。
社外取締役って、そういう扱いでいいのではないかと思うのですが、私の理解は間違っているのでしょうか。

命に関わる副作用は法律に義務がなくても消費者に公表すべし

ノベルティスファーマ社の副作用報告漏れ事案

ノバルティスファーマ社は7月に白血病治療薬の副作用を厚労省に報告していなかったことで厚労省から改善命令を受けました。
この改善命令に関連して、副作用の未報告事例がそれ以外にもあったことが新たに明らかになりました。

「(ノベルティスファーマ社)は白血病治療薬による重い副作用を16症例21件把握しながら国に報告しなかったなどとして、7月に厚労省から改善命令を受けた。この際、販売するすべての薬で同様の報告漏れがなかったかどうか報告するよう指示され、約1万例を調査していた。

その結果、同社が販売する薬との因果関係が否定できない重い副作用症例は少なくとも2579例あった。白血病治療薬など抗がん剤が多く、患者の副作用は腎障害などで、死亡した事例もあったという。これとは別に自社薬との因果関係を調査中の副作用症例は6118例あるといい、薬事法違反の未報告事案はさらに増える可能性がある。厚労省は9月末までに全ての調査結果を報告するよう指示した。」(日本経済新聞2014年8月30日朝刊より)

死亡事例があったのに未公表は企業の社会的責任を果たしていない

この事例で見過ごせないのが、死亡した患者がいたにもかかわらず、報告していない事案があったという点です。

ノベルティスファーマ社が取り扱っていたのは、薬です。
薬は、患者の体内に取り込む性質のものです(外用薬は別として)。
体内に取り込む性質の薬を使用して、副作用が生じ、中には死亡した事例があった。
ところが、それを報告していなかった。

見方を変えれば、薬を使用して死亡する患者が他に発生する可能性があるかもしれないのに、それを黙っていた、と理解することもできます。

こうした事態は、ノベルティスファーマ社が「薬を通じて患者の生命を預かっている」という自社の社会的責任を軽視していたと評することができます。

本来であれば、薬の副作用であるとの因果関係が否定できない死亡事案が発生したのであれば、その時点で、社会や医療機関に向けて、「自社の薬を使用した患者が死亡する事故が生じた、自社の薬の使用を控えるように」との注意喚起をしなければならないはずです。
仮に、そうした注意喚起によって一時的に会社の売上が減ることになったとしても、注意喚起をして新たな死亡者が発生しないように努めることが「患者の生命を預かっている」会社が果たすべき責任だろうと思われます。
この注意喚起は、法律上、厚労省への報告義務があろうがなかろうが、企業の社会的責任という観点から行うべきことです。

公表することの意味

企業の社会的責任は、企業の存在価値のこと

ここで、「企業の社会的責任」の意味内容を掘り下げてみたいと思います。

私は、「企業の社会的責任」というのは、その企業が社会に存在することが許される理由、一言で言えば、企業の存在価値ということだと理解しています。
要するに、その企業が存在することが、なぜ社会に受け容れられているか、なぜ世の中が許容しているか、ということです。

公表の第1の意味=社会に自社の存在価値を問う

ノベルティスファーマ社は「薬で患者の生命を預かっている会社」だからこそ、社会に受け容れられているのです。
副作用による患者の死亡という、その会社の存在意義と矛盾する事案を生じさせてしまったのだとしたら、その時点で、「わが社は、このまま社会に存在していてもいいですか」と世の中に問わなければならない。
そのために「公表」をしなければならないのです。

公表の第2の意味=次なる死亡事故を防ぐ

また、先に書いたように、副作用による患者の死亡事故が発生したのであれば、「薬で患者の生命を預かっている会社」は、次なる死亡者が出ないように注意喚起をしなければなりません。
これが、その会社の使命です。
死亡事案が発生したら、ただちに「公表」しなければ、その使命を果たすことはできません。

公表しない会社は存在価値を問われる

結局、何が言いたいのかというと、死亡事案のような重大事案が生じたのに、「公表」に消極的な会社は、社会から存在価値が問われることもやむを得ない、ということです。

ノベルティスファーマ社に限らず、世間に存在している会社は、死亡事案のような重大事案が発生したときには、躊躇なく「公表」するようになって欲しいのです。

日本経済新聞朝刊の「リスク~企業の処方箋~」の特集を読んで

今日は、雑感です。

8月30日から9月1日までの3日間、日本経済新聞の朝刊に「リスク~企業の処方箋~」という特集連載記事が掲載されていました。

大手企業が危機管理のために何をしているか。これを、次の3つのテーマで紹介していました。

  • 情報漏えい(8月30日)
  • 失敗から学ぶ(8月31日)=原因を踏まえた危機管理
  • トップによる把握(9月1日)=危機管理体制

率直に言って、非常によい特集でした。

私が常日頃から企業危機管理として、公開セミナーや社内役員研修・従業員研修でお話ししている内容や、事務所ブログに書いていることと、同じことが見事にわかりやすく書かれていました。
しかも、日経の記者らしく、大企業ではどのような取り組みをしているかが具体的に事例が紹介されていました。

ただ、気になるのは、「じゃ、この危機管理に弁護士がどう関わっているか。どう相談すれば良いのか」の視点があまりなかったこと。
たとえば、個人情報漏えいの件では、最後は、保険会社の話に行ってしまいました。
これでは、「個人情報漏えいは、結局、最後は賠償金の話でしょ」になってしまって、漏えい防止に対する問題意識は高まらない。

誰に、どう相談すれば良いのかがわからなければ、企業は関心持っても先に進めない。
ここが、今の企業危機管理の超えられない意識の壁なのかな、と思います。

問題意識がある企業は、誰に相談したらいいかわからない。
迷った末、結局、資格のない「危機管理コンサルタント」のところに相談に行く。
「危機管理コンサルタント」は法律的なことも含めたアドバイスをする。
経営面だけならともかく、「損害賠償になりますよ」「会社法の内部統制が不十分ですよ」といった法律的なアドバイスをしたら、その時点で弁護士法違反(非弁行為)。
しかし、これが堂々と行われている矛盾。

もしくは、顧問弁護士に相談に行く。
ある弁護士からは「事件になってからいらっしゃい」と言われる。
もしくは「~してはダメ」とばかり、言われる。
結局、会社からしてみれば「何もアドバイスしてくれないなら、コンサルタントのところに行くか」となる。

これでは、企業危機管理は根付かない。
もしくは、一部の問題意識の高い企業だけが、内輪で危機管理ができるようになって終わる。
いつまでも、企業危機管理を取り巻く社会環境は不十分なままで終わる。

もちろん、企業危機管理がわかっている弁護士が少なすぎるのが原因でもあります。
危機管理と弁護士がイコールで繋がってませんもんね。

だから、俺、がんばろっと。

コンプライアンス違反の通報・公益通報があった場合、会社はまずは受け容れて事実確認せよ

コンプライアンス通報窓口、公益通報者保護法の目的

2000年以降、「コンプライアンス」という用語が浸透し始め、多くの会社では、コンプライアンス通報窓口が設けられるようになりました。
2004年には公益通報者保護法が成立し、2006年4月1日から施行されています。

こうした背景には、社内の不正を告発した社員が会社によって冷遇される事例が相次いだことがあります。
冷遇というのは、告発したら配置転換され他に誰もいない地下室で勤務させられた、告発したら取引先からの契約を解約されたり取引先以外の同業他社も取引してくれなくなった、告発したら異動させられた、告発したら社長、上司や同僚から「どうして告発したのか」「裏切り者」などと詰め寄られたなど、いろんなケースがありました。

これでは、会社の中から不正をなくすことはできません。
まして、従業員が不正を発見したとしても、それを告発する余地がありません。
そこで、公益通報者保護法が成立したのです。

実例

今日、各紙で、エステサロンで労働基準監督署に深刻した従業員に対して社長による公益通報者保護法違反行為があった、労働組合に対する社長の圧力(不当労働行為)があったなどと録音された音声とともに報道されています
(日経は公益通報者保護法違反という観点から、朝日は不当労働行為という観点からの報道です。下線部ご参照)。

たかの友梨ビューティクリニック」を経営する「不二ビューティ」(東京)の従業員が加入するブラック企業対策ユニオンは28日、同社の高野友梨社長(66)から、組合活動をしていることを理由にパワーハラスメントを受けたとして、宮城県労働委員会不当労働行為の救済を申し立てた。」

「同ユニオンや弁護士によると、ユニオン側は今月22日、同社の仙台店に対し、仙台労働基準監督署が残業代の減額などの是正勧告をしたことについて会見する予定だった。そのことを知った高野社長は21日に仙台市を訪れ、仙台店の従業員15人や店長らを飲食店に集め、約2時間半にわたり持論を展開したという。

 同ユニオンが公開した当日の高野社長の言葉を録音したデータによると、高野社長は席上、組合に入っている女性を名指しして、「間違っているとはいわないけれども、この業界の実態をわかったときに、どうなんだろうか」と組合活動を非難した。さらに「労働基準法にぴったりそろったら、(会社は)絶対成り立たない」「つぶれるよ、うち。それで困らない?」などと問いただした。

 ほかの従業員にも「組合に入られた? 正直に言って」と組合員であるかどうかを確かめようとした。

 また、高野社長の名前で全国の店舗に対しファクスした文書を、店長に読み上げさせた。「社員数名が『ユニオン』という団体に加入し、『正義』という名を借りて、会社に待遇改善の団交を要求」「会社を誹謗(ひぼう)することは、自分のこれまで頑張ってきた道を汚すことだと私は思います」といった内容だった。」

(2014/08/29付朝日新聞Webサイトより)

 

「エステティックサロン「たかの友梨ビューティクリニック」の仙台店(仙台市)の女性従業員が28日、残業代を減額されたなどの問題を労働基準監督署に申告した行為を会社側が非難したのは公益通報者保護法などに違反するとして、厚生労働省に申し立てをした。

 女性が所属する労働組合が東京都内で記者会見して明らかにした。

 申立書や会見によると、経営する不二ビューティ(東京)の高野友梨社長が8月、仙台店の従業員を集め、女性が労基署に申告したことなどを非難。高野氏はその際「暴き出したりなんかして会社をつぶしてもいいの」と述べたという。」

(2014/08/29付け日本経済新聞朝刊より)

この報道の内容が事実かどうかは、私にはわかりません。
しかし、ここで報道されるような社長(会社)から告発者への対応がなされないようにするために、公益通報者保護法が定められました。
もし、これが事実なら、公益通報者保護法が定められた社会的背景を社長が理解していない、ということになります。

公益通報者保護法と現実の通報とのズレ

公益通報者保護法は、通報した者を保護するために定められた法律です。
しかし、公益通報者保護法も万全ではありません。

公益通報者保護法は「公益通報」をしたことによって不利益を課されない、と定めているものの、「公益通報」の範囲が狭すぎるのです。
平たく言えば、社内で、明確に法律違反ではないかもしれないけれど、「これってどうなの?」と何かしらの疑義があるにすぎない場合や、企業の社会的責任の観点からここは改善したほうがいいのではないか、として声をあげることは、「公益通報」に含まれないのです。

つまり、公益通報者保護法によって保護されない、ということになってしまいます。

しかし、現実に、通報窓口の仕事などを行うと、従業員の方からの通報の内容は、明確な法律違反を発見したという内容よりも、むしろ、法律違反かどうかは微妙(よくわからない)だけれども、企業理念や企業の社会的責任の観点からどうなの?という内容が圧倒的に多いのです。

もっといえば、明確に法律違反とわかっている通報よりも、こうした類の通報のほうが事実関係を調査してみたら、会社として大きな問題だった、通報された内容はその氷山の一角を従業員を見つけたケースだったということも多いのです。

そのため、従業員がこうした通報が積極的に、また身分を安心して通報できるようにするために、まずは、公益通報者保護法が改正されるべきです。

現実的には、まず社内ルールを見直し、コンプライアンス通報窓口には法律違反以外の通報も受け付けると門戸を広くしたうえで、こうした通報をした者に対しても会社は不利益を課してはならない、と定めておくべきです。

会社は通報を受けたら、まず事実確認・調査せよ

仮に従業員から通報があった場合に、上記で報道されたような形で社長が従業員や労働組合に圧力を掛けるのは最悪の対応です。
先に述べたように、通報内容が明確に法律違反ではない場合であったとしても、実は大きな不正の氷山の一角であったというケースも多々あります。
そのため、会社は、頭から通報を否定するのではなく、まずは、事実確認・調査を行うべきなのです。

そのうえで、事実が確認できないなら、通報者と連絡を取り合い、追加の情報を提供してもらい、事実確認を再度行う。
あるいは、事実無根であったなら、意図的に事実無根な通報をしたのか、それとも誤解に基づく通報だったのかを見極める。もし、意図的に事実無根な通報をしたというこであれば、そのときに、業務妨害という観点から通報者を処罰するかどうかを判断すればよいのです。