クールビズの浸透

6月、7月と暑さが増しています。
暑さが増すに連れ、街には、クールビズ=ノータイの社会人の姿を目にするようになりました。
8月を目前に控えた今は、8割方、ノータイかつ上着もなしという格好なような気がします。
ちなみに、私の場合、本当はノータイかつ上着なしにしたいのはやまやまですが、セミナーや研修などで人前に出る機会が多いので、ノータイながらも上着を羽織っています。
打合せも何もないときは、たまに、短パン、Tシャツで出勤していますが・・。

謝罪会見の場で、クールビズは許されるのか

これだけクールビズが浸透してくると、現実的に課題になるのが「夏の謝罪会見の場でクールビズの格好が許されるのか?」というものです。
クライシス・コミュニケーションに関するご相談の中でも、よく、この話題になります。

春秋冬、また夏場でも涼しければ、上下スーツにネクタイを締めることに抵抗感はないと思います。
問題は、真夏の暑い日です。

答えを言えば、現状では、夏の謝罪会見ではクールビズは避けた方が無難ということです。

謝罪会見の目的と、日本人の礼節感覚

謝罪会見の究極の目的は、事実を謝罪、説明し、企業が存続して経営を継続することを社会に許容してもらうことにあります。
日本人の礼節に対する感覚では「謝罪して許しを請うなら、きちんとした服装で行え」となるのではないだろうかと思います。

実際問題、謝罪とは関係のないビジネス上の商談においても「クールビズですみません」と一言断る。
「当社はクールビズを採用しております」「上着の着用はお気遣いなく」といった趣旨の言葉が建物内に掲示されている。
こういった光景をよく見かけます。

これらの光景の背景には、日本人の礼節に対する感覚、つまり、きちんとした仕事の場では、きちんとした格好をしろ、という感覚があるからです。
日本のスーツ姿が正しい格好であるかはともかく、少なくとも、きちんとした格好としてみなされています(※スーツのうんちくは「王様の仕立て屋」というマンガが詳しいです)。
織田信長が斎藤道三に聖徳寺で会ったときの服装のエピソードが未だに語り継がれているのは、そうした日本人の感覚だからこそ、かと思われます。

クライシス・コミュニケーションに備えて、役員は、社内にダークスーツとネクタイを用意

こうした日本人の礼節に対する感覚に見れば、謝罪会見をはじめとするクライシス・コミュニケーションの場では「きちんとした服装」、つまり、上下スーツにネクタイという姿にせざるをえないということになりましょう。
特に、企業が起こした不祥事が、人の生命・身体に関わるような場合、財産に関わるような場合には、「葬式」に参列するのと同じような感覚でいなければならない、ということかと思います。
となると、スーツは明るめのスーツ、派手なスーツよりは、無地のダークスーツ、ネクタイも地味目なネクタイを選択するしかありません。

今回のベネッセホールディングスでの個人情報漏えい事件でも、記者会見の場では、クールビズ=ノータイではなく、上下ダークスーツにネクタイをしていました。
ネクタイはちょっと派手な気もしましたが、無地の明るめの紺なので、落ち着いた方なのかもしれません。

つまりは何が言いたいかというと、会社の役員は、いざというクライシス・コミュニケーションが必要になる時に備えて、それらを準備しておかなければならない、ということです。
今でも、急な不幸に備えて、社長以下役員がダークスーツ一式を準備している企業は多いと耳にします。
それを徹底しておいたほうが無難ということです。