記者会見で号泣する県議会議員

先日、兵庫県の県議会議員が記者会見を行い、その場で号泣していたことが話題になりました。

記者会見が行われた理由は・・

  • 兵庫県議会は政策立案の調査研究や資料購入などの「政務活動費」として、議員報酬とは別に月50万円を上限に交付している。
  • 原則として領収書がなければ返却を求められる。
  • しかし、当該県議会議員が2013年度に申告した総額は、平均を上回る計564万円。
  • 内訳は、交通費を含む「要請陳情等活動費」が約301万6千円。
  • タクシー運賃を除くすべての交通費を、自己申告による「支払証明書」で領収書に替えていた。

要するに、記者会見の目的は、当該県議会議員が県議会から交付された「政務活動費」を正当な方法で使用していたかどうかを釈明することにありました。その記者会見の席で号泣したのです。

企業の謝罪会見、釈明会見で、社長が泣くことは許されるのか?

さて、この事象を、企業の不祥事での謝罪会見、あるいは疑惑についての釈明会見の場面に置き換えて考えてみてください。

企業で不祥事が発生した、あるいは違法性・妥当性が疑われる報道がされた。そのため、企業が謝罪会見や報道について説明する釈明の会見を行わなければならなくなった。会見を行うのは、社長である。このような場面を想定してみましょう。

この場面で、社長が号泣することが許されるでしょうか。もっと言えば、号泣することで社会に受け容れてもらえるでしょうか。

結論は、否です。

信頼回復を目的とした記者会見で、社長が泣くことは目的に反する

では、理由はなんでしょう。

記者会見、釈明会見を行う目的は、事実関係を明らかにして、その内容が消費者や社会に伝えられ、企業が消費者や社会からの信頼を取り戻すことです。

この目的から考えると、社長は信頼に値するという外面を保っていなければなりません。
「この社長に任せておけば大丈夫だ。きっと二度と不祥事を行わない会社にしてくれるだろう。きっと包み隠さず、不正を明らかにしてくれるだろう」
このように、消費者や社会から思ってもらわなければならないのです。

そうであるにもかかわらず号泣してしまえば、「この社長で大丈夫か? 自社で起きた不祥事なり疑惑なりを解明するどころか、陣頭指揮も執れないのではないか」と、消費者や社会から不安に思われてしまうだけです。

過去の号泣記者会見

過去にも、記者会見で社長が号泣したケースがあります。

一つは、2011年に発生した、焼肉屋で生ユッケを食べたお客さんが食中毒になり、5人が死亡してしまった事件。
もう一つは、1997年に自主廃業した証券会社の記者会見。

1997年・証券会社社長の号泣記者会見

証券会社のケースは、社長が号泣しても許されるケースです。
会社が自主廃業することを社長が号泣ながらに報告し、「社員は悪くありませんから」と会見しました。

この場合、会社は自主廃業するわけですから、極論を言えば、社長が号泣して社会から不安に思われてもいいのです。
むしろ、自主廃業することで仕事を失う従業員のことを考えれば、社長が泣きながら「社員は悪くない」と宣言するほうが、従業員の再就職に支障が生じない、つまり、従業員を守ることができます。
その意味では、社長が号泣したことが、むしろ良かったとも言えるのです。

2011年・焼肉屋社長の号泣記者会見

他方で、焼肉屋のケースは、今回の県議会議員のケースと同じで、会見の時点では引き続き営業していく可能性もあったわけです(最終的には2011年7月に廃業しました)。
となると、消費者からの信頼を取り戻すために、号泣してはいけなかったのです。

たしかに、5人の方が亡くなり、その他にも食中毒で重傷になったお客様もいらっしゃいました。
しかし、そうした方へのお詫びと号泣は、故人とその家族、当人の前でなすべきです。
記者会見の場で号泣し、また土下座する必要性はゼロであったのです。

つまり何が言いたいかと言いますと、「記者会見では泣くな。泣くなら目的を考えろ」ということです。