危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)への問題意識

昨日、一昨日と、お客さまとの間で危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)についての意見交換、情報交換する場がありました。

最近の事例といえば理研問題が代表的ですが、「なぜ広報に失敗したのか」「トップはどの段階で会見に臨めば良かったのか」「なんで、こんなに長い間にわたって混乱しているのか」といったことが話題の中心でした。「2002年にベル研究所で起きたシェーンによる論文ねつ造事件とそっくりですね」との話題も出ました。

他方、理研問題とまったく同じ時期に、同じく臨床研究上の不正が問題視されていたノバルティスファーマは、ホールディングスのトップが辞任したのに新聞の社会面で報じられる程度で、理研問題ほど注目を浴びることはありませんでした。

「この両者の差は何だったのか」
この相違の理由を考えながら、危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)の序論について、改めて考えてみようと思います。

なお、危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)の入門知識については、↓に、よくある質問をまとめていますので、興味がある方はご覧下さい。
危機管理広報・クライシス・コミュニケーションのよくあるご相談

危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)を行う際、戦略目的が固まっているか

危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)とは何か

ここ数年、企業内で不祥事が発生した、しかも、それが社会から注目を集めるような不祥事だったというときには、ただちに世の中に説明しなければならない、場合によっては企業の言い分を釈明しなければならないと考えて、記者会見を行う、という姿勢が見られます。

こうした不祥事、危機を受けての記者会見のことを、危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)と言います。

危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)の成否の鍵は「戦略目的」

記者会見を行って、世の中に情報発信すること自体は非常によいことだと思います。
しかし、徹底的に欠けているのは「何のために記者会見を行うのか」という戦略目的の設定です。
戦略目的を固めることなく記者会見を開いても、記者の質問に淡々と答えるだけ、もっといえば、記者から追及・糾弾されて社長以下がタジタジになっている様子がテレビニュースや新聞の写真として報道されるだけということになってしまいます。
記者会見の場に出席している社長以下トップも「何のためにここにいるんだろう。会社の言い分を釈明して事態を収束させたかったのに、それができていない。」と、会見を開いたこと自体に疑問を感じることもあるでしょう。
これでは、あえて、危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)を行う意味がありません。

危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)の成否を決するのは、事前に戦略目的を固めているかどうかに尽きます。

「戦略目的」とは何か

戦略目的とは何か。
わかりやすく言い換えると、危機発生時にあえて記者会見をやる狙いは何か、ということです。
それは、単に「事態を早期に収束させたい」という動機のことではありません。
記者会見を通じて「世の中からの信頼を回復したいので、自社は不正に対して厳しい姿勢で臨むことを示したい」というところまで、具体的に落とし込んでいくことが必要です。
そうすれば、記者会見の場では、終始一貫して、その目的に即した言動を心がければいいわけです。会見以外の場でも、会社としてどのように振る舞い、どのような対応をしたらいいかも、自ずと明らかになっていきます。

文字に起こすと当たり前のように思えますが、実は、これができていないことで記者会見を失敗しているケースは山ほどあります。
「結局、会見で何を言いたかったの?」と思えるケースは、ほぼ、戦略目的が固まっていなかったのだろう、具体的に落とし込めていなかったのだろう、と推測していいでしょう。

ノバルティスファーマと理研の比較

冒頭に挙げたノバルティスファーマの件、理研の件、両者の差はここにあったのではないかと思っています。私が関与したわけではないので、あくまで推測ですが・・。

ノバルティスファーマの事例

ノバルティスファーマの場合は、第一報が報じられた時点から、会社対社員という構図にはせず、社員が不正を行ったことに対して、会社が全容を解明し、会社の信頼を回復しようとしていたことがうかがえます。

「治療薬の効果を調べる大学の臨床研究に社員が身分を隠して関与したとする報告書をまとめていたことが23日、分かった。社員は2001年以降、データ解析などを担当していたという。社員は今月15日付で退職した。同社は22日、「不適切だった」として日本医学会や日本循環器学会などに報告した。同社によると、元社員が参加したのは高血圧症治療薬「ディオバン(一般名バルサルタン)」の臨床研究。」
「元社員は論文に名前を載せる場合は非常勤講師を務めていた「大阪市立大」の肩書を使い、社員であることを隠していた。上司は臨床研究への参加を支援していたほか、元社員の部下が関与したケースもあったという。」(2013年5月23日付日本経済新聞夕刊より)

実際に、上の第一報が報じられた後も、外部有識者会議を開催する、第三者委員会を設置する、スイスから法人トップが来日して記者会見を行い、日本法人と日本のホールディングスのトップが辞任に至るなど、会社として不正に厳しく臨む姿勢が伝わってきます。

理研の事例

これに対して、理研問題の場合は、当初から、会社対研究者という構図になってしまい、社員が不正を行ったことに対して、会社が全容を解明し信頼を回復するというよりは、会社と研究者の言い分のどちらが正しいかというところに注目が集まってしまいました。現状、まだ、この構図が続きそうな気配です。

もし、理研問題の場合も、会社が全容を解明し信頼を回復するという目的がはっきりしていれば、研究員個人による記者会見を行わせてはならず、会社が全部の窓口になっていなければおかしいはずです。
また、不正が明らかになっていない段階であったとしても、不正か否か全容が明らかになった段階でトップ以下の責任をどうするかを明言すると予告する、全容が明らかになった段階で調査報告を会見で行う、その時までは、マスコミが研究者個人にスポットを当てようとしても、理研側の広報が全窓口になるといった対応をすべきだったところです。
もっとも、理研の問題では、事前に理研事態が研究者個人にスポットが当たるような状況を作り出していたので、会社主導で会社が窓口になると広報したとしても、マスコミが研究者個人にスポットを当て続けたという側面も否定できませんが・・。
それでも、会社は「個人の精神面に関わるので」「重要な調査中ですので」などを理由に、個人にスポットが当たることを回避する工夫をしておくべきだっただろう、とは思います。

今日は、まず、序説ということで、戦略目的を固めるということについてお話ししました。
トップの役割=危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)では社長が記者会見すべきなのか、記者会見すべきとしたら登場するタイミングはいつなのか、については、あらためて投稿したいと思います。